インタビュー
<インタビュー>シリーズ30周年「おかあさんとみる性の本」和歌山静子さん
1992年に刊行された「おかあさんとみる性の本」シリーズ」は、今年で30周年を迎えました。
絵本作家の和歌山静子さんが、教育者の山本直英さんと作り上げた作品です。
小さな子どもといっしょに読める性の絵本として、その先進的な内容とともに、刊行当初から大きな話題となりました。
現在にいたるまで版を重ね続けているロングセラーにこめられた思いを、著者の和歌山静子さんにうかがいました。
「子どもむけの性の絵本」という挑戦
——30年前、このシリーズをつくられたきっかけを教えてください。
当時、小学校にはじめて保健の教科書ができて性教育が取り入れられることになって、話題になっていました。
私の息子は小学4年生だったんですが、通っていた学校で、性教育の映画を子どもと親とが一緒に観るというイベントがあったんですね。「親子で一緒に観る」って、とてもいいなと思ったのですが、働いていて来られない親御さんもいらっしゃいました。
そのとき、「性教育の絵本を作りたい」と思ったんです。絵本なら、親が子どもの成長に頃合いを見ながら、それぞれのタイミングで、一緒に読むことができますから。
当時、中高生向けの性教育の本はありましたが、それより小さな子ども向けの本は、本屋ではほとんど見なかったんですね。
ちょうどその頃、私の中学時代の恩師だった山本直英先生が、熱心に性教育の研究をしていらして、テレビのワイドショーなどにも出演されていて、子どもへの性教育の是非について議論をされていたのを拝見していました。(*1)
そこで山本先生に会いに行って、お話をしたらすごく喜んでくれて。いっしょに本をつくっていくことになったんです。
「あかちゃんはどこからうまれてくるの?」と子どもに聞かれたときに、どうやって答えたらいいかわからないという話もよく聞いていました。
でも、こういう絵本があれば、「おまたのあいだからうまれてくるんだよ」と答えてあげられますよね。
私の場合だと、帝王切開だったから、「お母さんのここ(おなか)を切って、うまれてきたんだよ」って。
(*1 山本直英:教育者・“人間と性”教育研究所 所長。この「おかあさんとみる性の本」シリーズの監修者)
『ぼくのはなし』——「ぼくがぼくとしてうまれてきてよかった」
——シリーズ1冊目の『ぼくのはなし』は、いのちのはじまりがテーマの絵本ですが、性交の場面も描かれています。
当時の読者はどのように受け止めたのでしょうか。
30年前に、こういう本を書くことには、ある意味では清水の舞台から飛び降りるような覚悟が必要でした。
実際、講演で学校に行って、いろいろな絵本の話をしたあと、『ぼくのはなし』を読むときになると、席を立たれる親御さんもいらっしゃいました。でも、子どもたちはしっかり前を見て聴いてくれる。
『ぼくのはなし』のあとがきに山本先生が書いていらっしゃるように、性交はこの絵本のわずか数ページにすぎません。それと同じように、性交は人生のごく一部でしかないんです。子どもたちはそこだけに注目するんじゃなく、命がどのようにうまれ、ひきつがれていくのか、この本で描こうとしたことの意味を、ちゃんと受け止めてくれました。
——「ぼく」が、おじいちゃん、おばあちゃんに愛されてそだったこと、みんなに望まれてうまれてきたこと、おとうさんとおかあさんの卵子と精子がいっしょになって、いのちがはじまったこと……。
『ぼくのはなし』では、主人公の「ぼく」が、今の自分から時をさかのぼって物語を語ります。
この絵本は、文と絵の両方を自分でつくった、私にとって初めてのオリジナルの絵本なんです。
「卵子と精子が…」からはじまるのが、性教育のよくある説明の仕方だと思いますが、この絵本では「ぼく」がいまの自分からさかのぼって、みんなに愛されて育てられ、祝福されてうまれ、愛しあって命がうまれた、とたどっていきます。
こうした流れの方が、この絵本を読む子どもたちには、自分のいのちのルーツを素直に受け止められるのかもしれない。この本がうまくいくかもしれないと思ったのは、こうやって流れをひっくり返したときでした。
——「ぼくが ぼくとして うまれたことが いちばん うれしい」
物語の最後には、海くんは亡くなったおとうさんがのこしてくれた 自分のいのちを、力強く肯定します。
どのようにうまれてきたか、という科学的な内容ながら「うまれてきてよかった」という力強いメッセージがこめられています。
私が息子を産んだのが42歳で、すごく遅かったのですが、無事にうまれてくれました。
けれど、息子が3歳のときに私の父親ががんで亡くなったんですね。
それから、その次の年に息子の父親が亡くなったんです。その次の年には恩人の堀内誠一さんが亡くなりました。(*2)
私にとって大切な人が立て続けに亡くなって、私はすごく落ち込んでいました。
そのとき5歳だった息子に「うまれてきてよかった?」って聞いたら、「よかったよ」と答えてくれたんです。
それで、「どんなとこがよかった?」って聞いたら、「ぼくでよかったよ」って言われたのね。
私はそれを聞いたとき、しおれた花みたいになっていた自分に、少し水をかけてもらったように感じました。
どんなお母さんでも、子どもをうんでその子どもが「ぼくでよかったよ」って言われたら、みんなうれしいだろうと思って。いつか「ぼくがぼくとしてうまれたことがよかった」ということを描きたいと思っていたんです。
(*2 堀内誠一:デザイナー、絵本作家。和歌山さんがかつて務めていたデザイン会社の創設者で、深い親交があった)
『わたしのはなし』——自分のこころとからだを大切にすること
——『わたしのはなし』では、水着でかくれる部分「プライベートゾーン」は特に大切だという話、いやなことをされそうになったり、されてしまったときの「NO・GO・TELL」(いやだと言う、逃げる、信頼できる大人に話す)という方法を伝えています。
当時、とても先進的な内容だったのではないでしょうか。
実は、私は終戦直後、5歳の頃に、防空壕のなかでいたずらをされたことがあったんです。
そしてそのことを何十年も誰にも話すことができませんでした。
そして当時の自分を責めてしまっていました。それが子どもにとって、どれだけ重いことか。
でも、もしこのときこういう本があったら、ちがっていたかもしれない。
そういう思いを知っている自分が描いたから、伝わったところがあるのかなと思います。
また、他の人と関わることは、怖いことではないということも、あわせて伝えたいと思いました。
だから、私たちはお互いに支えあって生きていることも、『わたしのはなし』の物語の最後に描いています。
『ふたりのはなし』——どうしてお互いを大切に思うのか、愛とロマンをこめた寓話
——「おかあさんとみる性の本」には、「ぼく」と「わたし」の他に、『ふたりのはなし』もあります。
『ふたりのはなし』は、どのようにできたのでしょうか。
『ふたりのはなし』は、山本直英先生がずっと温められてきたお話でした。
男女がどうして惹かれ合うのかということを、もとは男女は背中でくっついていた「アンドロギュノス」と呼ばれる一体の人間だったというギリシア哲学の寓話をもとにして語ってるんですね。
この本では文章は山本先生、絵を私が描いています。
当時はあまり意識しないで描いていたはずですが、今見てみると、髪の毛や服装、服の色など、いわゆる「男らしく」「女らしく」ではなく、どちらが男性なのか女性なのかわからない、中性的な感じに描いているんです。
——男女ということにこだわらず、惹かれ合う二人の話としても読める作品になっていますね。
この3冊のシリーズは、刊行から30年読み継がれている性教育のロングセラー絵本になっています。
発売したばかりの時は売れても、そのまま売れ続けていく本は少ないですが、このシリーズは、長くみなさんに読んでもらって、とてもうれしいです。私が込めた思いが伝わってるのかなって。
でも一方で、学校などでの性教育はこの30年、ほとんど変わってこなかったことは残念に思っていました。また今はLGBTQなど、30年前には、ほとんどとりあげられていなかったテーマもあります。
30年前、息子と性教育の映画を学校で観たあと、家で息子に生理の説明をしたんです。
そしたら、息子がニコッと笑って、「やっとあの(生理用品の)CMがなんなのかわかったよ」って、うれしそうな顔をしたんですね。
わかるってこんなに嬉しいんだなとその時感じたのですが、生理については「おかあさんとみる性の絵本」ではあまり取り上げられなかったんです。
でも、今年、遠見才希子先生という、やはり性教育の普及活動を熱心にされている産婦人科医の先生と出会って、いっしょに、『おとなになるっていうこと』(遠見才希子 作/和歌山静子 絵)という絵本を作ることができました。(*3)
そこでは、LGBTQや生理について正面から取り上げることができて、運命みたいに感じました。
山本先生と遠見先生、どちらも大人が子どもにどう向き合うかを真剣に考えている方に出会えて、信頼しながら本を作れたことは本当に幸せでした。ぜひあわせて読んでもらえたらいいですね。
——今日はお話、ありがとうございました。
(*3 遠見才希子:産婦人科医。「えんみちゃん」のニックネームで全国1,000か所以上の中学校や高校で性教育の講演活動を行っている)
和歌山静子さん・プロフィール
1940年生まれ。絵本作家。「ぼくは王さまの本シリーズ」(理論社)など、児童書の挿絵を数多く手がける。『ぼくのはなし』(1999年)より、オリジナル絵本の制作にとりかかり、『ひまわり』『どんどこ どん』(以上福音館書店)『くつがいく』『くろねこさん しろねこさん』(以上童心社)など、多くの作品を世に送り出している。『こねこのしろちゃん』『みみをすませて』『ころん こっつんこ』(以上童心社)など紙芝居にも多くのすぐれた作品がある。
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おかあさんとみる性の本
私たちはどこから、どのようにして生まれてきたの? なぜ世の中には男性と女性がいるの? 科学的な知識とともに、子どもたちに、プライベートゾーンや自分の体と心を守ること、生まれてきた喜びをわかりやすく伝えます。幼児期から正しい性の知識を、という要望にこたえた画期的なシリーズ。
『ぼくのはなし』、『わたしのはなし』、『ふたりのはなし』の全3巻を収録。
<関連情報>シリーズ30周年記念インタビュー
「おかあさんとみる性の本」和歌山静子さん- 3歳~
- 1992年10月20日初版
- 揃定価4,620円 (本体4,200円+税10%)
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ぼくのはなし
和歌山静子 さく
「ぼくはどこから生まれたの?」という子どもたちの問いにわかりやすくこたえた、幼児むけの性教育の絵本。
短い文章とシンプルな絵で、3歳頃から親子で読める、性教育のロングセラー絵本です。お子様の性別を問わずご利用いただける内容です。
おじいちゃんやおばあちゃんにかわいがられて育ったこと、おかあさんのお腹の中からうまれてきたこと、おとうさん、おかあさんが愛し合ってうまれてきたなど、出産・性交や、受精卵など、科学的な知識だけでなく、祖父母や両親からかけがえのない命を受け継いだ、たったひとりだけの大切な存在であることを伝えます。
プライベートゾーンや自分の体と心を守ることの大切さを描いた姉妹本『わたしのはなし』とともに、ぜひあわせてお読み下さい。- 3歳~
- 1992年10月20日初版
- 定価1,540円 (本体1,400円+税10%)
- 立ち読み
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わたしのはなし
短い文章とシンプルな絵で、幼児にむけて自分の体と心を守ることの大切さを描いた性教育のロングセラー絵本。
自分の体と心はたった一つの大切なものであること、プライベートゾーンを「水着でかくす部分」とわかりやすく伝え、そこをさわろうとしたりする大人がいたら、はっきり「やめて」と声を出そう、大人に話そう、と読者の子どもたちに語りかけています。
「自分はどうやって生まれてきたのか?」出産・性交などの科学的な知識とともに、私たちがかけがえのない命を受け継いだ大切な存在であることを描く姉妹本『ぼくのはなし』も、ぜひあわせてお読み下さい。- 3歳~
- 1992年10月20日初版
- 定価1,540円 (本体1,400円+税10%)
- 立ち読み
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ふたりのはなし
むかし神様がはじめてつくった人間は、女と男が背中あわせでくっついた姿をしていて、アンドロギュノスと呼ばれていました。
4本の足でドタバタ走り回り、4本の手でいたずらし、二つの口でうるさくしゃべるアンドロギュノスを神様は注意しますが、ちっとも静かになりません。怒った神様は、アンドロギュノスを背中で切り離して、それぞれひとりぼっちの女と男に変えてしまいます。
女と男は、それぞれかつて自分と一緒だった人に会いたいと、相手をさがすようになりますが……。
古代ギリシャの哲学者プラトンが描いた『饗宴』を原典に、女の人と男の人がどうして一緒に暮らすようになったのか、どうしてお互いを大切に思うのか、愛とロマンをこめた寓話として描いた絵本。
同じシリーズの、出産・性交などの科学的な知識とともに、受け継いだ自分の命のかけがえのなさを描いた『ぼくのはなし』、プライベートゾーンや自分の体と心を守ることの大切さを描いた『わたしのはなし』もぜひあわせてお読み下さい。- 3歳~
- 1992年10月20日初版
- 定価1,540円 (本体1,400円+税10%)
- 立ち読み
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おとなになるっていうこと
「せいりようひん」ってなんだろう?
ぼくはおとこらしくないとだめ?
ぼくの疑問、おねえちゃんの悩み、おかあさんの幼なじみの話などを通して、第二次性徴やからだの違い、さまざまな性のあり方まで、性をめぐるさまざまな問題を考えます。- 小学1・2年~
- 2022年3月30日初版
- 定価1,650円 (本体1,500円+税10%)
- 立ち読み