インタビュー
「あかちゃん ととととと」シリーズ 作者・三浦太郎さん
『バスがきました』、『でんしゃがきました』、『おうちへかえろ』、『あ・あ』、『あー・あー』、といった三浦太郎さんの絵本は、シンプルながらあたたかみのある色彩豊かな絵と、くり返しが楽しいリズミカルな言葉が大きな魅力です。このたび、新シリーズ「あかちゃん ととととと」がスタート! 『ぼうしかぶって』『おふろにはいろ』の2作が、9月に刊行となりました。新作がうまれたきっかけや、創作にまつわるエピソードなど、さまざまなお話を三浦太郎さんにうかがいました。
新シリーズ「あかちゃん ととととと」
――今回の2作がうまれたきっかけのひとつに、ご自身の子育ての経験があるとうかがいました。ぼうしもおふろも、実はお子さんが嫌いなものだったとか?
あかちゃん向けの絵本ほど、子育ての思い出がもとになることが多いですね。それも、「こまったな~、まいったな~」という経験ほど、強く印象に残っているもので。ぼうしをかぶってほしいのに、かぶってくれない。おふろに入ってほしいのに、なかなかおふろにたどりつかない。そんな娘が小さかったころのことを思い出しながらつくりました。
――先にアイディアが浮かんだのはどちらだったのですか?
『ぼうしかぶって』ですね。たべものたちのヘタをぼうしに見立ててみたんです。まず、ぼうしをかぶっていない野菜やくだものがいて、ページをめくるとぼうしをかぶっている。そういうシンプルな展開です。はじめに頭に浮かんだのは、なすでした。それからパイナップル、かき、さやえんどうと、イメージが次々と出てきたので、下絵を描いていきました。なすはヘタの形もおもしろいですし、何よりぼくの大好物なんです(笑)。
――本来ヘタがついているたべもののヘタがない姿からはじまる、という斬新な展開ですね。
そうですね。ヘタがないと何のたべものか意外とわからなかったりしてね。野菜やくだものを今回モチーフにしたのは、小さな子どもたちにたべものの本来の姿にふれてもらえたら、という気持ちもあったからなんです。大人だってどんなかっこうで実がなっているのか知らないことも多いですけどね。「おいしいけど、これなあに?」っていう子どもたちが、いつも食べている野菜やくだものがこんな形、こんな色をしているんだって、たべものへの興味をもつ入り口にもなるのではないかと思っています。
――これまでの多くの三浦さんの作品とは違って、キャラクターたちの目が白目と黒目で表現されていますよね。
はじめになすの目を黒だけで描いてみたところ、紫色の中に黒が沈んでよく見えなかったんです。白目なしでも全編を通して描いてみましたが、白目のあるものと見比べてみると、その差は歴然としていました。白目がある方が、ぼうしをかぶるときに上を見る表情などもはっきりして、今回のお話には効果的だと思いました。こちらの方が、読んでくれるあかちゃんとたべものたちの目がよく合うだろうと確信しました。
ぼくはスタイルを貫くことにこだわる作家ではありません。作品のアイディアをベストな形で表現することをいつも優先して考えています。ぼくの中にいるアートディレクターが、「今回のアイディアを実現するには白目があった方がいいよ」と言い、絵描きであるぼくがそれにしたがった、という感じでしょうか。
――言葉もおもしろいですね。「なすの とうさん たたたたた」「パイナップルの にいさん どどどどど」など、文章のうしろにくる連続した5音が、声に出すと自然にはずみます。
絵自体はとてもシンプルなので、ページをめくってぼうしにたどり着くまでの勢いがほしいと思ったのです。ページをめくらせる力になる言葉が必要だと。「さささささ」「ばばばばば」……と、口に出してみながら推敲していきました。自分で書いた言葉でもつまってしまうようなところは、何かがうまくいっていないんだろうなと。修正していくと、リズムが整ってくるんですよね。今回、キャラクターたちの呼び方を「おとうさん」ではなく「とうさん」、「おにいさん」ではなく「にいさん」としたのも、リズムを考えてのことです。
――『おふろにはいろ』はどのようにうまれたのでしょうか?
『ぼうしかぶって』を作っている最中にアイディアが浮かんで、あっというまにできちゃった、という感じです。『おふろにはいろ』は、ぼうしを「かぶる」とは、いわば反対。服を「ぬぐ」ということがモチーフになっています。ヘタをぼうしに見立てたように、たべものの皮を服に見立てることが、うまくできました。玉ねぎ、とうもろこし、そらまめなど、こちらも登場するキャラクターのイメージがすんなり浮かんできたんです。「すすすすす たまねぎの ばあさん ふくぬいで」のように、連続した5音もぴたっとはまり、『ぼうしかぶって』でつくった形をいかすことができました。たまねぎのばあさんはヒノキのおふろかな、なんておふろのバリエーションを考えるのも楽しかったですね。
――こちらには、ばあさん、じいさんが出てきますね。
『ぼうしかぶって』に、とうさん、かあさんが出てきますからね。自分の家族にぴったりそのままあてはまるわけではないだろうけれど、自分に近いキャラクターが出てくると大人も嬉しいと思うんですよね。
絵ができるまで
――絵の制作方法についても教えていただけますか? パソコンで描いた下絵をもとに、キャラクターのひとつひとつのパーツを切り紙でつくって、それをまたパソコンに取り込み彩色する、というプロセスを『でんしゃがきました』のインタビューのときに教えていただきました。
今回も基本的には同じです。パソコンで下絵を描く段階で何度も修正し、いろいろなパターンも試します。完成形に近い状態になってから、はじめて編集者に見せて、その段階でまた修正することもありますね。その後、下絵に合わせてパーツを切り、もう一度決めた位置にもどして、パソコンに取り込みます。パーツはすべて水色の紙を切ってつくり、色はパソコンで指定しています。
――今回、制作に使っている道具や実際につくった切り紙を写真に撮ってきていただきました。何種類ものナイフを使い分けていらっしゃるのですね。
切る場所のカーブに合わせて、刃の角度を変えています。デジタルの整った線とは違う、生身の人間の手を通した自然な感じが出るように、ある程度スピードを出して切るようにしています。とにかく細かなパーツが多いので、ボールペン型ののりやピンセットも欠かせません。
――たべものたちの眉毛や手足は描いたのでしょうか?
黒い線は、ペンで描いたものをパソコンに取り込み、たべものと組み合わせました。たべもの本来の姿に近い部分と、想像でつけ加えた手足を、違う表現にしてみようと思ったのです。ほかにもいろいろな手法を使っています。たべものの影の部分は、スパッタリング(※1)で描いた円形をもとにしています。おふろの湯気はダーマトグラフ(※2)でいくつも線を描いて、その中から気に入ったものを選びました。どのパーツも手作業で作ることにこだわっています。
※1…細かい目をもつ網を絵の具がついたブラシでこすり、小さな粒子として絵の具を飛ばす手法。
※2…芯にワックスを多く含んだ色鉛筆。三菱鉛筆の登録商標。芯がやわらかいことが特徴。
子育てについて、いま思うこと
――この新シリーズは、今まさに子育て中のお父さん、お母さんも楽しくなる絵本だと思います。最後に、もう少し子育てのお話をきかせてください。「ぼうし」と「おふろ」について、具体的に思い出すことはありますか?
ぼうしは、とにかくかぶってくれなかったですね。当時「熱中症」という言葉をよく聞くようになって、親としては心配で、かぶってほしいんだけど、とってしまうのです。やわらかいもの、麦わら帽子……いろいろなぼうしを試してみましたが、ダメでしたね。「おとうさんも、おかあさんもかぶるからね。いっしょにかぶろうね」なんて語りかけてかぶってもダメ。タオルをちょんと頭にのせたり、バンダナを巻いてみたこともあったなあ。そうすると少し気分が変わるのか、かぶってくれることもありました。
おふろは、まず行きたがらなかったんです。今遊んでいることをやめたくなくて。もうこちらはイライラして、怒ってしまいたい! という気持ちにかられるんですけど、それをあえて自分の中で真逆のエネルギーにして、変な踊りを踊ってみたりしました。そうすると、「あれ? おとうさんがなんだかおもしろい踊りをしてる」って、ようやくおふろにきてくれる。でも、入ったら入ったで今度はおふろが楽しくなってしまって出てくれない。そんなこともありました。今となっては「あんなこともあったなあ」となつかしく思えるんですけどね。「現場」はそれどころではないですよね(笑)。
――お子さんが大きくなった今、あかちゃんと暮らすということ、あかちゃんを育てるということをどんなふうに思われますか?
今は家の外で泣いているあかちゃんがいると、出て行ってあやしてあげたい! と思うくらい、ただただかわいい存在だと感じます。これで本当に出ていったら「おせっかいおじさん」ですね(笑)。けれど、初めてのあかちゃんとの生活は、本当に大変でした。しっかり育てないと! という気持ちが強いのに、わからないことだらけで。通じるわけないのについつい怒ってしまうこともありました。「他の子はもっと育てやすいんだろうか? うちの子はふつうなのか?」って不安に思うことばかりでした。
でも今は、それでいいんだと思うんです。初めての子どもが生まれると、みんな戸惑って、みんな大変。人類みんな、ずーっとそうしてきたし、これからもそうなんじゃないかな。ぼくのころはまだそこまでインターネットやSNSがさかんだったわけではないので、情報も少なくて孤独に感じることもありました。今は逆に情報があふれていて、ぼくのころとは違う悩みをお父さんお母さんは持っているのかもしれません。でも、あかちゃんは一人一人違うので、人に教えてもらってもその通りにはいかない。だから「初めて」を積み重ねていくのは、みんな同じ。経験者としては、わが子としっかり向きあいつつ、「初めてだからいいんだ」という気持ちで子育ての時間を過ごすといいのではないかと思います。やっぱり、楽しい時間にしてほしいですね。
――どうもありがとうございました。