インタビュー 紙芝居『うみからきたおとこのこ』堀内紅子さん・堀内花子さん

(2019.3.15 童心社にて)

1970~80年代の雑誌の黄金時代を築いたアートディレクターであり、多くのロングセラー作品を描いた絵本作家でもある堀内誠一さん(1932-1987)。

生前未発表となっていた、新刊紙芝居『うみからきた おとこのこ』がこの度刊行されました。
堀内誠一さんのご次女で脚本を書かれた堀内紅子(もみこ)さんと、編集協力を頂いたご長女の堀内花子さんに、この作品についてお話を伺いました。



『うみからきた おとこのこ』


——この紙芝居『うみからきた おとこのこ』の原画は、昨2018年にフランスの図書館で発見されたと伺いました。
どのような経緯で、フランスで発見されたのでしょう?


花子さん:「発見」とは、ちょっと違うんです。私たち家族にとっては「発見」に近かったのですけれど。
去年(2018年)の春、何人かの方から、パリ郊外クラマールにある児童図書館「小さな丸い図書館」(La Petite Bibliothèque Ronde)が連絡を取りたがっていると知らせを受けました。直接やり取りを始めたところ、図書館に父が描いた紙芝居が今も残されていると知りました。でも、この紙芝居の存在をご存知の方はすでに何人もいらっしゃったようです。
「小さな丸い図書館」では、2018年の「日仏友好160周年」に合わせて、父の紙芝居と仕事を紹介するワークショップの企画を考えていました。
たまたま6月にパリに行く予定があったので原画を見に行ったところ、その面白さに驚きました。

この紙芝居『うみからきた おとこのこ』は、1973年に父が一人でパリに滞在していた時に描かれたものです。
「リスのゲルランゲ」シリーズ、『ふくろにいれられたおとこのこ』(ともに福音館書店)など父と共著のある、翻訳家の山口智子さんが、当時「小さな丸い図書館」のメセナ(協力者)として日本の児童書の紹介に努めていらっしゃいました。山口さんは、フランスとヨーロッパの新旧の絵本の蔵書が豊富なこの図書館に、父をたびたび案内してくださいました。

その時の館長は、初代館長であり、日本でも図書館関係者には有名なジュヌヴィエーヴ・パットさんです。
図書館のあるパリ郊外クラマールは当時、低所得者層向け住宅が立ち並び、家に本や絵本がない家庭が少なくありませんでした。
パットさんたちはバスケットに絵本を入れて公園に行き、子どもたちに読み聞かせをしながら、図書館に子どもたちを招くといった活動を始めた先駆者です。
それを見た父は図書館へのお礼も兼ねて、この紙芝居を描いたのだと思います。

父は幼い頃、紙芝居を見て育っていますし、この直前に紙芝居の『したきりすずめ』を描いてもいます。ごく自然に思いつき、仕事抜きに父が楽しんで勢いよく描いたことがわかる筆致です。

『したきりすずめ』


『堀内誠一のながぐつをはいたねこ』

紅子さん:その頃パリで日本語のミニコミ誌「いりふね・でふね」を出していた出版社から紙芝居を出そうという話があったんです。
父の気持ちも、この時期、紙芝居に強く傾いていたのだと思います。それで製作されたのが『堀内誠一のながぐつをはいたねこ』でした。コストを抑えるため、最初の場面(表紙)は2色、本文はモノクロで印刷しようとしていたようで、原画はマジックの黒1色で描かれていました。どこで印刷できるか、どんな紙にするかいろいろ調べたようですが、コストがかかりすぎる為に結局出版できなかったんです。この原画は、2008年にパリに住む知人に発見され、2011年に童心社から刊行されました。
『堀内誠一のながぐつをはいたねこ』と異なり、この『うみからきた おとこのこ』は印刷出版を想定したものではなく、お世話になった図書館へのお礼として、子どもたちに楽しんでもらえるように描かれました。


——この『うみからきた おとこのこ』はどのように作られたのでしょう?


花子さん:物語は、元々デンマークの民話だと聞いています。日本では1969年にポプラ社から神宮輝夫さんの再話と父の絵で、絵本『海からきた力もち』として刊行されていました。この物語を父は気に入っていたんですね。フランスの子どもたちに紙芝居を作るにあたって、この絵本の記憶を元に、自分なりの解釈を加えたようです。(*1) 

父がこの話を選んだのは、民話や男の子の成長物語が好きだったからだと思います。『したきりすずめ』や『かちかち山』よりも、フランスの子が入り込みやすい話だと思ったのかもしれません。またこうしたタッチの絵にも自信があったのだと思います。

紅子さん:脚本は紙芝居を演じる際に、父が口頭で山口智子さんに伝え、フランス語に訳して実演していたようです。このため、原画とあわせて残されていたものは、紙芝居の脚本というよりも、図書館員向けのあらすじみたいなものだけでした。今回の脚本はそのあらすじと絵を元に、できるだけ自然な展開を心がけ、紙芝居の特性をいかしつつ改めて書き直しました。


——出版にあたって、脚本や構成を練り直したと伺いました。


紅子さん:例えば、このお話は、びんぼうなかじやが嵐にあい、船ごと海にしずむところから始まります。
かじやは海の底で人魚としばらく暮らしたのちに陸の世界に戻ってきますが、父の話では、かじやは戻った時にはまるで浦島太郎のように年老いたことになっていました。
しかし、元々のお話はそうした設定ではありませんし、かじやが年老いてしまう原因も必然性もなかったので、今回の脚本では、そうした設定は省いて、よりシンプルにしてあります。

他にも、例えばこの穀物の山を吹き飛ばす場面では、元々のお話では、オラフがまちがって大麦と小麦と麻の実を混ぜてしまい、それに息をふきかけて、3つの実に分けるという筋書きでした。
しかし父の描いた実の山の絵は2つだけで、またオラフがまちがえる場面の絵もありませんでした。
このため、シンプルにわかりやすくなるよう、殻と実が混ざってしまった麦を、息をふきかけて殻と実の2つにわける内容に改めました。


そのほかにも、つじつまがあわない場面を見直したり、ドラマチックに紙芝居としての効果が高まるよう、擬音やセリフなどを意識して、脚本全体をつくりあげていきました。

——今回子どもたちに試演もされたそうですね。


紅子さん:編集の方が試演されるのを見させていただいて、気づかされることが多かったです。4歳と5歳のクラスの子どもたちに見てもらいましたが、反応をよく見ていると、おおむね集中してくれているものの、ここは少し文章が長いのかなといった所もわかり、よかったです。

——8場面や12場面の紙芝居が一般的な所、この作品は20場面の大作です。お2人の考えるこの作品の特徴や魅力を教えて下さい。


花子さん:父は紙芝居として、この作品が長いかどうかは意識していなかったと思います。絵本の展開をそのまま紙芝居にしたのでしょうから。
父は自伝に、幼い頃に見た紙芝居の記憶を書いており、どこでどう盛り上げて、おもしろがらせたらいいのか、紙芝居のコツはよくわかっていたのではないかと思います。
場面ごとに、「ほらほら、ここを見てごらん!」と、すごく乗って描いていたのがわかりますよね。

子どもさんたちに試演してみて、画面の色や遠近感がガラリと変わるドラマチックな展開があるせいか、ちょっと長めにもかかわらず面白く見てもらえたようです。なぜ父がこの話を紙芝居にしたかったのか、わかるような気がします。

——先ほどこの絵は印刷前提に描かれた絵ではないとお話がありましたが、絵に勢いがあって、本当にこのお話を子どもたちに楽しんでほしかったんだな、という気持ちが伝わってきます。



紅子さん:主人公のオラフは、子どもたちにとっては応援したくなるような、かわいい男の子なんですけど、少し不気味さも持っていて、悪魔との戦いでは、こんな怖い半魚人の姿にもなります。怖さが魅力でもあるんです。そういう点では大人でも楽しめる作品かもしれません。父も大いにエンターテイメントなものにしたいと思ってそうした見せ方をしていると思います。

——パリで滞在中の堀内さんが紙芝居について書かれた文章でも、「自分が子どもの頃、コワーい紙芝居をゾクゾクして見た感動を外国の子どもにも伝えられると思った」と書かれています。(*2)
怖さとおもしろさが、子どもの中ではつながっていることを実感としてお持ちだったのかもしれません。



花子さん:自伝の中でも紙芝居については、怪談など、当時の見世物小屋的な思い出とともに書かれていたように思います。父の中では、猥雑さも含めて、絵本よりも紙芝居の方が、自由なものという思いがあったのかもしれません。
絵本では許されなくても、紙芝居だったらできることを確かめているような気がします。

——気に入っている場面などありますでしょうか。



紅子さん:この場面です(上の17場面)。
悪魔に海中にひきこまれる場面なんですが、よく見るとオラフは笑ってるんですよね。
次の場面で、オラフは少年の姿から半魚人の化け物の姿になりますが、人魚の子といっても、人間の格好が仮の姿で、半魚人が本当の姿なんですよね。
見た子どもたちはびっくりしたんじゃないでしょうか。でも、父はこういうのが好きなんですよね。

15場面の悪魔の部屋の絵なんかも楽しんで描いていますよね。壁に飾られた腕の形をしたたいまつは、ジャン・コクトーが監督と美術を手がけていて、父も大好きだった古いフランス映画『美女と野獣』の影響を感じます。

——オラフの姿は怖さと同時に力強さや誇らしさも感じさせます。
恐ろしいものの中に潜んでいる美しさや、紋切り型ではない所など、子どもの頃堀内さんの作品にふれて感じた魅力の秘密の一端にふれたような気がします。堀内さんの作品の魅力があることを、お話しを伺って改めて感じました。
子どもたちがゾクゾクしながらこの作品を楽しんでくれるのが目にうかびます。
今日はお話ありがとうございました。




お2人のお気に入りの場面とともに。






*1 絵本『うみからきた おとこのこ』(1969年)刊行後の1973年頃、この紙芝居『うみからきた おとこのこ』の原画は製作された。その後、今回とは別に描き下ろされた絵で、ほるぷ出版から『うみからきた おとこのこ』(神宮輝夫・脚本 堀内誠一・絵 1979年)も刊行されている。

*2 出典記事(それぞれ記事へリンクしています)
「母のひろば」1973年5月号「紙芝居パリに行く その1」堀内誠一
「母のひろば」1973年5月号「紙芝居パリに行く その2」堀内誠一

この中で堀内誠一さんは、紙芝居『したきりすずめ』を引き受けた理由の一つとして、「ツヅラからお化けたちがドロドロ出てくるこの感じをつかめる気がしたから」紙芝居なら「自分が子どもの頃、コワーい紙芝居をゾクゾクして見た感動を外国の子どもにも伝えられると思ったから」と書かれてます。



うみからきた おとこのこ

単品紙芝居

うみからきた おとこのこ

堀内 誠一 再話・絵/堀内 紅子 脚本

海で大嵐に会い、行方知れずとなっていた、ひとりぼっちの貧乏な鍛冶屋。しばらくして無事戻ってきた鍛冶屋を村の人々は不思議に思います。ある日、嵐の時に鍛冶屋を助けた人魚と鍛冶屋の子だという、男の子・オラフが訪ねてきます。
ほんの幾日で大きく立派な若者になったオラフは、父の元から旅立ちます。
地主の元で働くようになり、大変な仕事でもかるがるとこなすオラフに、地主は悪魔に貸した金を返してもらってくるよう頼みますが……。

絵本作家・アートディレクター堀内誠一の遺した未発表の原画を元にした紙芝居。

原作は「人魚ひめ」を書いたアンデルセンの母国でもあるデンマークの民話。
主人公の、人間と人魚の子オラフが、人の役に立とうと世に出て成長していく物語でもあり、また悪魔と対決する冒険物語でもあります。
人魚伝説を下地に、不思議さと神秘性、そしてゾクゾクするような怖さもあわせもった、観る者を夢中にさせる紙芝居です。

『うみからきた おとこのこ』紹介リリース

  • 4・5歳~
  • 2019年10月1日初版
  • 定価3,740円 (税込)
  • 立ち読み
堀内誠一の ながぐつをはいたねこ

堀内誠一の ながぐつをはいたねこ

ペロー 原作/堀内 誠一 脚本・画

父親が死んでしまい、遺産に猫を一匹もらった三男坊。途方にくれていたら、突然猫が立ってしゃべり出しました!「気を落としちゃいけませんよ、坊や!」そして猫は、長靴をはいて上着を着て、ごちそうを持って王様のところへ毎日出かけていきます。そして言います。「私はカラバ侯爵の使い。ご挨拶代わりに、素晴らしい野ウサギを献上に参りました」。王様は大喜びして、カラバ侯爵のところへ出かけていきますが…。

  • 3歳~
  • 2011年9月30日初版
  • 定価3,080円 (税込)
  • 立ち読み
こぶたのまーち

おはなしがいっぱい

こぶたのまーち

村山 桂子 脚本/堀内 誠一

こぶたのるーは、毎日のラッパのけいこがきらいで、ある日、自分のラッパをもってとうさんのラッパにもぐりこみ…。

  • 2歳~
  • 1977年3月1日初版
  • 定価2,090円 (税込)
  • 立ち読み
したきりすずめ

松谷みよ子民話珠玉選

したきりすずめ

松谷 みよ子 脚本/堀内 誠一

昔、じいさまとばあさまがいた。ある日じいさまが山から雀を持ち帰りますが、じいさまがあまり雀ばかりかわいがるので、ばあさまはすずめが憎らしく、えさもやらなくなってしまった。ある日、腹をへらした雀が、米でできたのりを食べたことを知ったばあさまは、怒って雀の舌を切り、家から追い出してしまった。雀に謝ろうと、雀をさがすじいさまは、馬洗いや牛洗いからの難題を乗り越え、雀の家までたどり着き、土産に宝をもらって帰ってきた。これを知った欲深いばあさまは、自分も宝をもらおうと雀の家を訪ねますが……。

  • 3歳~
  • 1973年3月1日初版
  • 定価2,200円 (税込)
  • 立ち読み