2022.06.02

『ちいさな宇宙の扉のまえで 続・糸子の体重計』いとうみくさんインタビュー

2012年に『糸子の体重計』でデビューした、児童文学作家のいとうみくさん。
それから10年、これまでに約50作もの作品を発表してきました。そしてデビュー10周年となる今年、デビュー作の続編『ちいさな宇宙の扉のまえで 続・糸子の体重計』が刊行されました。
新作について、創作のきっかけや登場人物たちへの思いなど、じっくりとお話をうかがいました。



デビュー作『糸子の体重計』


――今年でデビュー10周年ですね! おめでとうございます。


ありがとうございます。


――2012年に刊行されたデビュー作が、『糸子の体重計』。そして今回、10年ぶりに続編となる『ちいさな宇宙の扉のまえで 続・糸子の体重計』が刊行されます。まず10年前をさかのぼって、デビュー作についてうかがいたいと思います。


作家になりたいと思い、作品を書いては出版社へ持ち込んでいましたが、その後「季節風」という同人誌に投稿するようになりました。投稿すると、掲載されない場合でも編集委員の方から講評をいただきます。1年近く、投稿しては自分の作品、あるいは他の作品への講評を読む、をくり返していたんですが、あるとき、「物語」を書くのではなく、「人物」を書かなければいけない、とはっと気づいたんです。それまでは、ストーリーを組み立てることばかりに気を取られていました。
ちゃんと人物を書こう、そう思って書いた最初の作品は『かあちゃん取扱説明書』でした。その次に『糸子の体重計』を書いたんです。

――いずれも「季節風」に掲載された作品ですね。


そうです。『糸子の体重計』はとくに登場人物を描くことで物語をつくっていった原点の作品だと思っています。『かあちゃん取扱説明書』(絵・佐藤真紀子 童心社)と『糸子の体重計』の出版が同時に決まったときにどちらをデビュー作とするか決めるときにも、『糸子の体重計』を選びました。
「季節風」には糸子のダイエットの話だけを書いたのですが、そのときに、周りの人への目配りが必要、という講評をいただいて。それならばと糸子と関わる同級生たちの物語も彼らの視点で書いたのです。それが本として出版された『糸子の体重計』です。

――主人公「細川糸子」はどのようなきっかけて生まれたのですか?


ずっとスポ根ものを書いてみたい! と思っていました。主人公が努力して挫折なんかもしながら何かをつかみとる、というような。ただ、スポーツをそのままではなく、なにか別の切り口でと考えていたら、ふいにダイエットが浮かんできたんです。ダイエットも努力が重要だと思ったので。糸子は食べることが大好きで、自分の体型にコンプレックスなどはもっていない子です。そんな糸子がダイエットを頑張らなくてはならない状況になったら、と物語が動いていきました。
糸子には特定のモデルはいません。しいていえば、私の理想、でしょうか。私は細かいこともいろいろと気になってしまいますが、糸子のように自分の思うように生きられたらいいなと思うんです。


最新作『ちいさな宇宙の扉のまえで 続・糸子の体重計』


――そして10年経っての続編ということですが、書こうと思ったきっかけはあったのですか?


『糸子の体重計』を出版したあと、ありがたいことに作家の仲間や読者の方から「『糸子の体重計』の続編は書かないの?」「あのあと滝島くんはどうなったんですか?」などのお声はいただいていました。私も糸子たちに会いたいなという思いはあったんですが、なかなか書くには至らず。
2019年、『天使のにもつ』を書き終えたあと編集のHさんと次をどうしようかと話しているとき、かるい気持ちで「『糸子の体重計』の続編でも書きましょうか」と話したんです。するとHさんが「いいですね!」ととても喜んでくださって(笑)それで書くことになったんです。

――10年ぶりの糸子たちの物語はどんなふうに書いていったのですか。


結構大変でした(笑)! なにせ10年ぶりなので、まず『糸子の体重計』を読み返して、この子は何階に住んでいたっけ、この子のお母さんのお仕事は何だっけ、などと思い出し、書き出してみるところからはじまりました。社会のありようというか、細かいところで変わっている点もさまざまありました。ブランクを経て、自分を『糸子の体重計』の世界にもっていくまでに時間がかかりました。
そして誰を書くか、というところで悩みました。最初は、やはり続編ということで、変化を出そうと「細川糸子」「滝島径介」のほかに新しい登場人物を3人出して書いてみました。するとそれを読んだ編集Hさんが、「読者は、前作の登場人物がどうなったのか、知りたいと思っていると思いますよ」と言ってくれたんです。そこで新しく書いた2人はやめて、「町田良子」「坂巻まみ」を入れました。


――そうやって生まれた唯一の新しい登場人物が「日野恵」ということですね。


そうです。糸子は自分から誰かに依存することもなく、遠ざけることもなく、人と適度な距離感を保つマイペースな子なのですが、そんな糸子にぐいぐいと近づいていく子が現れたら、と思って書いたのが日野恵、「めぐぽん」という子です。

――糸子を「親友」と自分ひとりで決めてしまい、追いかけまわしていますね。戸惑う糸子が新鮮でした。


そうですね(笑)糸子自身、これまで友だちがいてもいなくてもさほど気にしていなかったのですが、めぐぽんと接することで、友だちとは、親友とは、ということを改めて考えたのではないかと思います。めぐぽんは、お母さんからの言葉もあって、「親友がいないとだめなんだ」という思いにがんじがらめになっていましたが、糸子やクラスメイトと関わることで変わっていきます。


――町田良子や坂巻さん、滝島くんは、前作から引き続いての登場です。本作でもそれぞれに悩み、変わっていきますね。


町田良子は自分に正直でいたいと強く意識し、自分と他者の間に線を引いている子ですが、糸子との関係の中で人と心を通わせる体験をします。6年生になって、自分の思いを伝えたり、行動で表したり、成長した姿を見せていますね。
そんな町田良子のことが大好きなのが坂巻まみです。町田良子が大好き! ということには一点の曇りもないのですが、この「好き」はどんな好きなのか、という悩みにぶつかります。町田良子ばかり追いつづけて、「自分」というものがなかった坂巻さんがどう変わっていくのかを見てもらいたいです。滝島くんは、学校では陽気な人気者である一方で、家庭ではつらい問題を抱えているという子です。お母さんとの関係、自分自身の中にある感情に悩みます。

――前作とくらべ、より複雑な心の動きも描かれています。けれどいろいろな悩みや不安を自分で乗りこえていこうとする力強さも感じました。


そうですね。佐藤真紀子さんが描いてくださった彼らを見ても、「大人になっていってるな」と感じました。


――本作では、物語のあとに「エピローグ」、そして本の最後には「答辞」もあるんですね。


今回の続編で糸子たちの物語は最後と考えていました。ですので5人目の滝島くんのエピソードでは終わらず、「エピローグ」として糸子をもう一度登場させようと思い、書きました。
「エピローグ」では卒業式後の糸子の言葉が出てくるんですが、そこで町田良子が答辞を読んだことが明かされます。そうしたら編集Hさんが「どんな答辞を読んだのか気になります」とおっしゃって。さらに「答辞」を加えることにしたんです。

――糸子たちのこれまでの物語が思い出されて、一読者として本当に感動しました! タイトル『ちいさな宇宙の扉のまえで 続・糸子の体重計』にはどんな思いがこめられているのでしょうか?


制作中はずっと『続・糸子の体重計』と思って書いていました。編集Hさんから「タイトルはどうしましょう?」と何度も尋ねられたこともあり(笑)、私としても考えてみたんです。改めて読み返してみると、子どもたちはなんて小さな世界で生きているんだろう、と思ったんです。「ここしかない」と思うからこそ、悩みもするし苦しい思いもする。別の世界に行ってみたら、気持ちがふっと楽になることもあるかもしれない。また同じように悩んでうつむいてしまうかもしれないけれど、顔を上げてみたらべつの世界が見えるかもしれない。そんなふうに考えました。
扉ってなんだろう? 糸子たちはどこにいるんだろう? 読んだ子どもたちが、自分なりにタイトルのことをいろいろ考えてくれてもいいのかなと思います。


子どもの本を書きつづけて


――いとうさんはデビューから10年、これまでに多くの作品を発表してこられました。幼年童話から中学生以上に向けたものまで、幅広い年齢層が対象の作品群ではありますが、一貫して子どもに向けて書いていらっしゃいます。



やはり子どもを書くのがおもしろいってことなんです。子どもって、大人が思っているよりずっと感じているし考えているんですよね。とくに幼年童話は、「子どもの代弁者」でありたいと思って書いています。小さな子どもたちはいろいろ感じていてもなかなか言葉にできない。だからこそ、本を読んで「自分と同じ」「こんな風に思ってもいいんだ」とホッとできることもあるんじゃないかと。それに、子どもの本は親も手にしますよね。本を通してわが子の心の中を知るということもあるのではないでしょうか。
ですから私は、子どもに何か教えたい、とか伝えたい、といった気持ちは本当にないんです。読んだ子どもたちが結果的に何かを受けとってくれるなら、それはとても嬉しいことですが。いつも私が書きたいもの、気になる子を書いています。
もし、書き手としての責任というものを問われたら、わたしはわたしの作品に登場する子どもたち対しては責任を負う必要があると思っています。つまり、彼らを絶望では終わらせないということ。登場人物が一歩でも、半歩でも明日へと踏み出していける、いこうと思える。そう思えるようになるためには、どう生きていくのか、登場人物に寄り添いながら模索していく。それが書き手としての責任なのではないかと思っています。

――本作でも、糸子たち登場人物がまた明日を生きていこうとする姿を、多くの方に読んでいただきたいです。本日はありがとうございました。





【いとうみく プロフィール】
神奈川県生まれ。『糸子の体重計』(童心社)で第46回日本児童文学者協会新人賞、『空へ』(小峰書店)で第39回日本児童文芸家協会賞、『朔と新』(講談社)で第58回野間児童文芸賞、『きみひろくん』(くもん出版)で第31回ひろすけ童話賞を受賞。おもな作品に『かあちゃん取扱説明書』『アポリア あしたの風』『天使のにもつ』(以上、童心社)「車夫」シリーズ(小峰書店/文春文庫)「おねえちゃんって」シリーズ(岩崎書店)など多数。「季節風」同人。
ちいさな宇宙の扉のまえで

単行本図書

ちいさな宇宙の扉のまえで

いとうみく 作/佐藤真紀子

細川糸子と同級生の、町田良子、坂巻まみ、滝島径介。そして、転校生の日野恵。この5人の視点で語られる、5つの物語。

6年1組・細川糸子。がさつで粗雑と言われるが、そのまっすぐな言葉は、かかわる人に時に大きな影響を与えることを、当の本人は知るよしもない。おいしいものを食べることが生きがい。
糸子が盲腸で入院している間に転校してきた日野恵。糸子との距離をグイグイつめて親友であろうとするが、糸子にはその真意がはかりかね、消耗するばかり……。
転校すればリセットできる。新しい自分になれる、そう思っていたけど、わたしはニセモノの仮面をかぶっていただけ。そんなわたしに本当の友だちなんてできるはずがない。
町田良子。才色兼備でクールな一面の裏で、糸子との出会いによって、他者とかかわる心地よさに気づき、あるべき自分を探し求める。思いはことばにしなきゃ伝わらない。わたしもいつかきっと。
坂巻まみ。町田良子に憧れる気持ちの真ん中にある、自分自身の感情に気づき、疑い、うろたえて、やはりそうなんだと自覚し向き合う。いまはまだこの思いを言葉にして伝えることはしない。でもいつか、自分自身を好きになれたらそのときは。
滝島径介。母は深夜までスナックで働いている。アパートでふたり暮らしの生活。思いがすれちがう日々。話をしよう。母さんの気持ちを聞いて。オレの思いを伝えて。母さんに大事なことをあきらめてほしくない。オレもオレが幸せになることをあきらめたりなんてしない。ちょっと図々しくなればいい。だいじょうぶ。

前作『糸子の体重計』では5年生だった子どもたちは、6年生になった。
相変わらず、小さなことでいじけて、羨んで、けんかして。
うじうじ悩んで、転んだりへたりこんだり、だれかのせいにしたり、逃げたり。
そして迎える、卒業式。

  • 小学5・6年~
  • 2022年5月27日初版
  • 定価1,650円 (本体1,500円+税10%)
  • 立ち読み
糸子の体重計

単行本図書

糸子の体重計

いとうみく 作/佐藤真紀子

食べることが大好きな細川糸子、クールビューティー・町田良子、大柄な転校生・高峯理子、町田良子にあこがれる坂巻まみ、細川糸子とは給食の天敵・滝島径介……5人の子どもたちの平凡な日々。つらいこと、悲しいことはしょっちゅうだし、どうしようもなく苦しいときもやってくる。そんなとき、クラスを見渡せば、細川糸子がいる。誰に対しても真っ正面から向き合い、しっかりと相手を見て、思ったことを口にする。大人も子どももじたばたしてけんめいに生きている、そんな地に足のついた読みごたえある物語。

  • 小学5・6年~
  • 2012年4月25日初版
  • 定価1,540円 (本体1,400円+税10%)
  • 立ち読み
かあちゃん取扱説明書

単行本図書

かあちゃん取扱説明書

いとうみく 作/佐藤真紀子

ぼくんちで、一番いばっているのはかあちゃんです。今朝も朝からガミガミうるさくって、ぼくはハラがたちました。かあちゃんにいいたいのは、何日も同じごはんをつくらないでほしいです。さいごに、かあちゃんはすぐ「早く」っていうけれど、ぼくが「早く」っていうとおこるのは、やめてほしいと思います。
……ぼくの作文を読んだ父ちゃんは大笑いして「かあちゃんはほめるときげんがよくなるんだ。とにかくほめること。パソコンもビデオも扱い方をまちがえると動かないだろ、それと同じさ」
扱い方! そうか、扱い方さえまちがえなければ、かあちゃんなんてちょちょいのちょいだ!
哲哉はこうして、かあちゃん取扱説明書を書きはじめたのだが…。

  • 小学3・4年~
  • 2013年5月25日初版
  • 定価1,320円 (本体1,200円+税10%)
  • 立ち読み