2022.04.25

<インタビュー>田島征彦さん『なきむしせいとく』刊行記念インタビュー 「沖縄戦」を描く

佐喜眞美術館にて(2020年)



ロングセラー絵本『じごくのそうべえ』でしられる絵本作家・田島征彦さん。
今月『なきむしせいとく――沖縄戦にまきこまれた少年の物語』が刊行されました。
これまでにも『とんとんみーときじむなー』『そうべえときじむなー』『やんばるの少年』(いずれも童心社)など「沖縄の絵本」を描かれてきた、作者の田島征彦さん。
長年の取材の集大成ともいえる、真っ正面から沖縄戦を描いた今作について、お話を伺いました。



『なきむしせいとく 沖縄戦にまきこまれた少年の物語』



沖縄戦を真っ正面から描いた絵本


舞台は1945年戦争末期の沖縄。国民学校2年生の男の子「せいとく」は、いつも泣いているのでみんなから「なちぶー」とよばれています。戦況がきびしく敗色が濃くなっていく中、出征していた父に続き、中学生だった兄までも「鉄血勤皇隊」に招集されてしまいます。
せいとくと母、妹の3人は少しでも安全な場所を求めて家を捨て、南へ南へと避難します。
激しいアメリカ軍の砲撃でせいとくは母を失い、軍民が入り乱れる混乱の中、妹とも生き別れてしまいます……。

本作は8歳の男の子、せいとくの視点から物語が描かれます。空襲や艦砲射撃、そして地上戦……。家族を失い、死体を踏み越えて逃げ、味方と避難場所を奪い合う凄惨をきわめた沖縄戦を経て、泣き虫だったせいとくはついに、涙をながすことすらなくなってしまいます。

少年兵として出征する兄を泣きながら見送る主人公・せいとく。


母のなきがらと、妹を藪にかくすせいとく。そのそばを日本刀をもった兵隊が走りぬけていく。




沖縄に通い続けて


 これまで沖縄に40年以上通い続けてきました。その中でずっと考え続けてきたことは「もしもあの戦争中に、僕自身が沖縄にいたらどうしていたか」ということです。
 僕自身、大阪の堺市で戦争は体験しましたが、沖縄戦は体験していません。絵本を創るときはいつも、大なり小なり主人公は僕自身の分身なのですが、沖縄戦の当事者ではない僕に、どうしたらリアリティが出せるのか、それを考え続けてきました。
 ここ20年くらいの間でしょうか。僕らが経験した「戦争の時代」と、どこか同じ空気が感じられるようになったと思っています。かつて日本人が犯した罪悪すらをも、肯定する人が増えてきていますね。それはひとつ、想像を広げる作業を、怠っている人が多いということなのだと思います。
 戦争を経験していない世代ももちろんだけれど、戦争を経験した僕だって、もっと想像を広げる作業をしていかなければならないと思うのです。
 どうしたら戦争を肯定するような言説に対抗できるのか。僕にできることといえば、絵本を創ることしかありません。どういう絵本を創れば、警鐘を鳴らすことができるのか、常に考えています。




沖縄戦を描くということ


 ただ、そうは言いましたが、沖縄戦を経験していない僕が、沖縄戦を描くというのは、非常に困難なことの連続でした。いざ創作をする段階で、なかなかその次元に入っていくことができずに苦しみましたね。
 一昨年に取材で沖縄に行きました。その際、僕と同じ年の男性に、沖縄戦の話を聞く機会がありました。初対面の僕に対して、詳しくは話してもらえなかったけれど、彼が家から逃げなければいけないときに、逃げたくなくて「柱にかじりついて泣いた」という話にヒントをもらい、そこから物語を作っていくことにしました。
 いざ物語を描き始めると、これまで40年間のあいだに読んできた書物や手記に書いてあることが、記憶に蘇ってきました。忘れていたことまでも、どんどん思い出してきたのです。
 それからは散歩するときも、寝るときも、頭から沖縄戦のことが離れなくなり、突然叫び出したくなるほど、気持ちが揺さぶられ続ける日々が始まりました。絵を描くことで、自分の頭の中に残っていたことが出現し、それらをもう一度体験していくような感覚です。こう言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、絵の中で沖縄戦を疑似体験していきました。どんどん絵本の中の世界にのめり込んでいったのですね。
 結末がどうなるかわからない状況で、前へ前へ突き進んでいきました。およそ3か月の間、その状態がずっと続きました。途中途中で、編集者から「時間経過がわからない」「歴史的事実と日時が合わない」と指摘を受けるのですが、それは今まさに体験しているという主観が前面に出ていたからなのでしょう。
 現実と非現実の中を行き来しながら絵を描いている感覚でした。これまではこういう描き方はしなかったので非常に不安でしたが、僕なりの沖縄戦の絵本ができたと思っています。


取材中の著者(摩文仁の丘)


僕なりの沖縄戦の絵本


 これまでに沖縄戦を描いた絵本で、丸木俊さん・丸木位里さんの『おきなわ 島のこえ』(小峰書店)や、儀間比呂志さんの一連の絵本(*1)など、素晴らしい作品がいくつかありますね。
 彼らの絵本では、沖縄戦以前の沖縄が、「楽園」として描かれています。最初にそれを提示して、戦争によってそれが破壊されていく、という構成ですね。
 でも、僕の場合は、沖縄戦以前の理想の沖縄を知らないのです。子どもの視点で自分を中心に描いているから、周囲の沖縄のものを、当たり前のものとして捉えていて、声高にその素晴らしさを訴える必要がなかったのです。それよりも、戦禍を逃げ回る体験の方を重視しています。こうして出来上がった絵本を読むと、臨場感を持った主人公視点の物語がしっかりと表現できたと思います。及第点くらいはをもらえるかな。ただ、丸木さんや儀間さんに比べると、絵が下手なんやなぁ。


普天間基地を見つめる著者


戦争を起こさせないために


 なぜ沖縄に通い続けているのかと聞かれたら、それは沖縄が好きだからです。土地、風土、そこに住んでいる人たちの魅力ですね。ただ、あまりにも本土の人たちが、沖縄のことを理解しようとしてくれない。その腹立たしさが、これまでの仕事を後押ししてきたのだと思います。歴史の問題、基地負担のこと、今まさに進んでいる辺野古の埋め立てや、高江のヘリパッドのこと……あまりにも本土の人たちは、知ろうとしないし、想像できていない。
 少しでも知ってもらえるように、絵本を描き続けてきました。こんな恐ろしいことが、ほんの70数年前に起きていたのです。そしてそれは珍しいことではなくて、今も世界のどこかで起きています。僕らの周りでもう起きないということは、ありません。戦争が起きないためにはどうすれば良いのか、どうしたら防ぐことができるのか。実際に起きてしまったら、これほどに恐ろしいことはありません。起こさせないために、努力せなあかんのです。絵本を読んで、大人も子どもも一緒になって、考えてもらいたいです。(まとめ・編集部)



(*1)『戦がやってきた―沖縄戦版画集』儀間比呂志 版画 中山良彦 文 (集英社)
『りゅう子の白い旗 沖縄いくさものがたり』新川明・文/儀間比呂志・絵(築地書館)
『ツルとタケシ 沖縄いくさ物語 宮古島編』儀間比呂志/文・絵(清風堂書店)
『みのかさ隊奮闘記 沖縄いくさ物語 八重山編』儀間比呂志/文・絵(ルック)
なきむしせいとく

童心社の絵本

なきむしせいとく

たじまゆきひこ

《沖縄に40年以上通い続けてきた著者が描く「沖縄戦」》

ここは1945年の沖縄。ぼくの名前は「せいとく」です。
いつも泣いているので、みんなから「なちぶー」とよばれています。
父に続き、兄も兵隊となり、ぼくは母と妹の3人で、南へ逃げることになりました。

絵本作家・田島征彦は、40年以上取材を重ね、これまでにも「沖縄の絵本」を描いてきました。
(『とんとんみーときじむなー』[1987年]『てっぽうをもったキジムナー』[1996年]『やんばるの少年』[2019年、いずれも童心社・刊])

本作では、長年の取材の集大成として、真っ正面から「沖縄戦」を描きます。

  • 小学3・4年~
  • 2022年4月30日初版
  • 定価1,760円 (本体1,600円+税10%)
  • 立ち読み