2018.10.12

「14ひきのシリーズ」いわむらかずおさんにインタビュー
——シリーズ35周年と『14ひきのひっこし』100万部によせて

(2018.7.27 いわむらかずお絵本の丘美術館にて)




――「14ひきのシリーズ」は今年、刊行35周年を迎え、シリーズ1作目の『14ひきのひっこし』(1983年)は、同時刊行の『14ひきのあさごはん』につづき、100万部を超えました。また、作者のいわむらかずおさんが館長を務められ、作品づくりにも大きな影響を与えている「いわむらかずお絵本の丘美術館」も、開館20周年の節目を迎えたこの節目の年に、いわむらかずおさんに、改めて『14ひきのひっこし』やシリーズの魅力、美術館についてお話を伺いました。


――『14ひきのひっこし』は、ご自身の「ひっこし」と関係があるそうですね。


 私は二度だいじな引っ越しをしています。一度目が、1970年、私の絵本作家デビューの年ですが、東京の杉並区から多摩丘陵の日野市の団地に引っ越しました。そこで私は、雑木林と再会します。
 少年時代、疎開先から戻り、間借りしていた杉並の家のまわりには、広い雑木林があって、6人きょうだいの遊び場になっていました。戦後急速に開発が進んで、雑木林は姿を消してしまいましたが、多摩で再び出会った。仕事の合間に散歩したり、子どもと一緒にクワガタやカブトムシをつかまえて遊ぶうちに、これが自分の原風景だと気がつきました。
 その頃、私にとってもうひとつの出来事がありました。童話作家の寺村輝夫さんから誘われ行く気になっていたアフリカ旅行が中止になったことです。ゾウやキリンが暮らすアフリカは、当時、私にとってあこがれの地でした。もし、このときアフリカに行っていたら、私の絵本作家人生は、まったく違うものになっていたかもしれません。雑木林との再会の時期とも重なって、私はその後、自分が暮らす地域から題材を得て描く、という自分のスタイルにこだわりはじめました。生きものたちと実際に出会い、その生き方や考え方を知り擬人化していこうと考えたのです。
 そして、「14ひき」の構想が生まれてくると、もっと原風景のなかに深く入り込んで描きたいと思うようになりました。作品の舞台と暮らしの場を近づけようと考えたのです。当時の東京はスモッグがひどく、夜空に星は見えませんでした。でも北の空を見ると星が少し光っていました。どこか田舎へ引っ越して、雑木林の中で家族と暮らしながら絵本を描いていこうと強く思うようになったのです。

――そのころに描かれた、1枚の絵があるそうですね。


「あ、おいもだ」(構想段階の試作絵)

「あ、おいもだ」という、ねずみの家族を描いたものです。自分の心の中の世界を実際に描いてみたのです。この絵を描くことによって「14ひきのシリーズ」の方向性がはっきりしてきたように思います。タイトルの通り、大きなおいもを持ち帰ったお父さんを家族が喜んで迎えるという場面なのですが、よく見るとけんかをしている子やそれをたしなめるおばあさんがいたり、食べようとしている木の実を落としてしまっている子がいたり、お母さんが抱っこしているあかちゃんのほかにも、ベッドに2ひきもあかちゃんが寝ていたり…。ストーリーとは違うところでもさまざまな出来事が起こり、絵をじっと見ることで発見があります。余談ですが、絵の中にたくさんの情報を書き込むというのは、ブリューゲル(※)の版画展を見に行ってひらめいたのです。今見ると、ここに描いた鍋などは、ブリューゲルの影響が出てますね。

※ブリューゲル…ピーテル・ブリューゲル1世。16世紀のフランドル(ベルギー、オランダ、フランスにまたがる地域)を代表する画家。代表作「田舎の婚礼」など。

――「14ひきのシリーズ」にも、家族で食卓を囲むシーンは必ず登場します。


 そうですね。ただ「14ひき」に比べると、「あ、おいもだ」の食卓はとても貧しいです。お皿の中も木の実が1つ2つだけの質素なものですし。それは、疎開から戻って再び家族で暮らせるようになった私自身の子ども時代が投影されているからです。敗戦の後の貧しい家族との暮らしも、私にとって大切な原風景なのです。

――そして1975年、栃木県の益子に引っ越されたのですね。家を建てるのはとても大変だったそうですね。


 お金もなかったし、大工さんは知り合いの人を頼みましたが、工務店の役割は自分でやりました。つまり、工事ごとに屋根屋さん、左官屋さん、電気屋さんというふうに、自分で頼みにいくのです。設計図も自分で書いて、必要な材木を選び数を割り出し、手配するということもやりました。ほかにも井戸堀りや家までの道路の砂利ひきにいたるまで、住む環境を整えていきました。「水」と「道」、そして「食料」「燃料」の確保。生活するためにどうしても必要なものが実感としてわかりました。これらの体験は『ひっこし』のなかに描かれています。


――そこまでご自分の手でされていたとは驚きです。『14ひきのひっこし』でもおとうさんが図面を持ち、子どもたちも参加して家づくりをしていますね。



『14ひきのひっこし』p16-17


『14ひきのひっこし』p22-23

 ねずみなら何を使うだろうと想像して、床の材料は篠(しの)にしました。まっすぐだから使いやすいのではないかと。小川から水を引き、橋をかけ、寒い冬に向け食料を蓄える。こういった描写には暮らしを一から作る、という自分の経験がいかされていると思います。「14ひき」のおとうさんは、自分の経験はもちろんのこと、私の父の姿も反映しています。戦後、貧しい中で少しでも生活を改善しようと知恵をはたらかせて工夫していた父。そんな父の取り組み方から学ぶことは、とても多くありました。


――そうしてはじまった「14ひきのシリーズ」も今や12作。35周年を迎えて、愛され続けるシリーズの魅力はなんでしょうか。


 いろいろなことがあると思いますが、描く上で決めていたことがふたつあります。ひとつは、とにかく細かく描き込むこと。ダイナミックな画法にはあこがれるけれど、自分には向いていない。ならば、自然をよく見て、とことん細かく描いてやろうと決めました。それには時間がかかるから、締切は決めない、納得できるまで描こう、そう勝手に決めてしまったわけです。 もうひとつは、10ぴききょうだいの性格を、絵できちんと描き分けること。それができるかどうかが、作品としての成否を決めると考えていました。子どもの数を10ぴきにしたのも、読者の子どもたちが1ぴき1ぴきを見分けるおもしろさと、把握できる限界との兼ね合いです。私は6人きょうだいで育ち、子どもは5人いますから、きょうだいでもひとりひとり全然違うということは日頃から実感していました。



――ちなみに、14ひきのなかで子どもの頃のご自身にいちばん似ているのは誰ですか?


 うーん。私はきょうだいの真ん中だったから、いっくんのようなお兄さんではない。でもごうくんほど豪快じゃないし、はっくんほど運動神経もよくなかった。もし、よっちゃんが男の子だったら、ぼくに一番近い気がします。おとなしいけど、でもいつもまわりをよく見ている。よっちゃんのファンだと言ってくれる読者もいるんですが、あまり目立たない存在なので、よっぽど読み込んでくれている読者なのでしょうね。

――美術館も開館20周年ですね。自然体験もできるユニークな美術館ですが、どんな思い出がありますか。


 たくさんありますが、近くの小学校の子どもたちと「総合的な学習」で8年間絵本作りをしてきました。この「えほんの丘」で年3回午前中の時間を過ごし、生きものたちと出会って、カエルとか、トンボなど、それぞれ好きな主人公を見つけるんです。そして、お話を書くのではなく、ダミーをつくり主に絵で構想を練っていく。1年にひとり1冊、宝物のような絵本が生まれました。


いわむらかずお絵本の丘美術館から見える風景


――この35年、20年で変わったこと、変わらないことはなんでしょう。


 美術館としては、福島の原発事故の影響で、野外での活動が制限されたことがとても残念だった。世の中の変化としては、やはりIT化でしょう。人々の生活や心の中まで変えていくという意味で、大変な革命が起こっているのでしょう。これからいったいどうなっていくのか、まだ全部は見えていませんが、子どもの仕事をしている私たちは、注意深く見ていく必要があると思います。
 一方で、子どもたちの本質はあまり変わらないと思います。最初、虫が嫌いで、カブトムシもいやだと逃げていた子が、3年くらい美術館にきているうちに、池でイモリをつかまえて、研究発表をしたりしている。いまでは私よりイモリについては詳しい。体験することはますます大切になってきました。
 体験するという意味では、「14ひきのシリーズ」も同じです。ただ読んでもらうだけでなく、自らの意思でページをめくり絵本の世界に入っていく。読者が働きかけることで、さまざまな発見と楽しみを体験することが出来る絵本です。いま、このシリーズが親から子へ、そして孫へと読みつがれていることに、この上ない喜びを感じています。

――どうもありがとうございました。 



いわむらかずおさんプロフィール
絵本作家。1939年東京生まれ。東京芸術大学工芸科卒業。
1975年、東京から栃木県益子町の雑木林の中に移り住む。野ねずみ一家の暮らしを描いた代表作「14ひきのシリーズ」(童心社)はじめその絵本は、日本だけでなくフランス、ドイツ、中国など海外でも高い評価を得る。絵本にっぽん賞、小学館絵画賞、サンケイ児童出版文化賞、講談社出版文化賞絵本賞受賞など受賞多数。2014年にフランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。

14ひきのシリーズ

14ひきのシリーズ

いわむらかずお さく

おとうさん、おかあさん、おじいさん、おばあさん、そしてきょうだい10ぴき。ねずみの大家族が自然と共に生きる絵本の世界。

※こちらの12巻セットは、1巻『14ひきのひっこし』~12巻『14ひきのもちつき』までを含むシリーズ全巻のセットです。

  • 3歳~
  • 2002年7月20日初版
  • 揃定価17,160円 (本体15,600円+税10%)
  • 立ち読み
14ひきのひっこし

14ひきのシリーズはじめての「14ひきのシリーズ」(全2巻)

14ひきのひっこし

いわむらかずお さく

森の奥めざして、さあしゅっぱつ。川をわたり、不安な一夜をすごして、やっとみつけた、すてきな根っこ。みんなで力をあわせて家をつくり、橋も、水道もできた。たべものもたくさんあつめて、さむい冬がきてもだいじょうぶ。みんな、ほんとうにごくろうさま。

人気ロングセラー絵本「14ひきのシリーズ」の第1作。ねずみの家族があたらしいすみかを求めて森へひっこし、木の根元に家づくりをするこの作品から、シリーズの物語がはじまります。

お父さんが図面を書いて、子どもたちも手伝って、居心地のいい家をみんなで一緒につくります。
大人の部屋は1階、子どもたちの部屋は2階と3階。竹を切って床を作ったら、みんなのベッドを並べよう。

豊かな自然の中でくらす、お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、そしてきょうだい10ぴき。1ぴき1ぴきの個性が丁寧に描きこまれていて、何度見ても発見があります。

  • 3歳~
  • 1983年7月10日初版
  • 定価1,430円 (本体1,300円+税10%)
  • 立ち読み