インタビュー
『へいわって どんなこと?』浜田桂子さんインタビュー
2011年、日本・中国・韓国の絵本作家が手をつなぎ、子どもたちにおくる「日・中・韓 平和絵本」シリーズの第1作として刊行された『へいわって どんなこと?』。刊行から9年が経ち、累計部数は12万部を突破しました。子どもから大人まで、そして国内外を問わず多くの方に読まれているこの絵本について、あらためて浜田桂子さんにお話をうかがいました。
終戦から75年という節目を迎える今年、子どもたちと一緒に読み、考えたい1冊です。
「日・中・韓 平和絵本」プロジェクトのはじまり
――このプロジェクトは、始めから出版社が決まっていたわけではなく、作家のみなさんの交流からスタートしたと聞きました。
はい。2004年、平和を願う日本の103人の絵本作家が集まり『世界中のこどもたちが103』(講談社)という絵本を作りました。そのあと、一緒に実行委員を務めた田島征三さん、和歌山静子さんとお話ししていたとき、田島さんから「次の段階にすすもう!」という提案がありました。それが、「アジアの絵本作家と連帯し、一緒に平和の絵本を作る」ということだったんです。
――それを聞いたとき、どう思いましたか?
「そんなこと、できっこない!」と思いました。当時、日本と中国や韓国との関係は非常に悪い状態だったからです。でも田島さんは、「ぼくたちは政治家や外交官じゃない。絵本作家同士、アーティスト同士ならきっと感覚を重ねられるよ」と言ったんです。その後、田畑精一さんにも加わっていただき、田島さん、和歌山さん、私の4人が日本の作家のメンバーということになりました。
――中国、韓国の絵本作家の方には、どのように声をかけたのですか?
まず、中国は和歌山さんや田畑さんが親しくされていた絵本作家の周翔(ヂョウ シァン)さんにお手紙を出しました。周翔(ヂョウ シァン)さんはすばらしい試みだとすぐに賛同してくださり、中国の絵本作家の方に声をかけてくださることになりました。
韓国の絵本作家の方はどなたとも面識がありませんでしたが、既に多くの韓国の絵本は日本で翻訳出版され、私たち4人の作品も韓国で出版されていました。絵本の交流はさかんだったんです。ちょうど絵本作家、チョン・スンガクさんが大阪国際児童文学館で田島征三さんと対談する機会があり、来日されました。その帰りに東京に寄っていただき、4人で会ったのです。チョン・スンガクさんの反応は、かなり厳しいものでした。「戦争をはじめる権力者も、『平和』のためと言います。あなた方の言う『平和』もそのようなうわべだけのものならば、やる意味はないでしょう」とおっしゃったんです。ただ「これまでの歴史も直視した上で、本当の『平和』のために絵本をつくるとするならば、いい提案だと思います」とも話され、韓国の絵本作家のお仲間にお声かけくださることになりました。
そして2006年8月、日本のメンバー4人で韓国のソウルを訪れました。韓国では、この企画に賛同した絵本作家の方が待っていてくださり、私たちはともに平和の絵本を作っていくことを確認しあいました。日本でお話したときには厳しい表情だったチョン・スンガクさんの笑顔を見られたことが強く印象に残っています。私たちが4人そろって韓国に行き、みなさんに直接お話ししたことで、私たちのこの企画にかける思いを感じていただけたのだと思います。
そして2007年11月、日本、韓国の絵本作家とともに、中国の南京を訪れました。そのときには出版元として決まった童心社の編集者や、韓国、中国の出版社の方も参加しました。私は会議がはじまるとき、3か国の絵本作家が集まったその光景を見ただけで本当に胸がいっぱいになりました。その日の夜は、作家たちだけで歌って踊って大騒ぎをして、涙が出るほど笑いあいました。一生忘れられない宝物のような思い出です。みんなの笑顔は、これからはじまる子どもたちのための絵本づくりという大きな山の登山口に集うことができた、その喜びに満ちていました。今振り返ってみると、この時間があったからこそ、その後の激動の絵本づくりの期間を、互いに信頼の気持ちを失わずに乗り越えていけたのだと思います。
――もともとは、3か国の作家全員で1冊の絵本をつくる予定だったそうですね。
そうですね。はじめはそんなイメージでした。でも、南京の会議で、それぞれの作家が考えてきた絵本のアイディアについてみんなで話し合う中で、やはり作家それぞれが1冊ずつ絵本を作るほうが作家の世界を深められる、ということになったんです。そして、できあがった作品は、日本、中国、韓国、それぞれの国で、それぞれの言語で刊行しあう、ということも決まりました。
『へいわって どんなこと?』ができるまで
――それまでにもさまざまな戦争や平和に関する絵本が世に出ている中で、浜田さんはどんな絵本を作りたいと考えたのでしょうか。
絵本作家としてデビューする前に、子育てを通して感じていたことがありました。いわゆる平和の絵本というと、なぜ戦争のむごたらしさや辛さを描いたものばかりなのだろう、ということです。こういった本を読むと幼い娘は泣き出してしまうほどでした。息子の感想は、「昔の子って大変だったんだね。今でよかった。」というもの。また、「戦争が起きると困るから、平和が大事」といったように、平和が「消去法」でしか語られていないのも気になりました。平和って素敵で、嬉しくて、愉快なこと。だからこそ平和がいいんだ、そんなふうに伝えられる絵本はないのか、ずいぶん探したりもしました。けれど、ありませんでした。戦争の残酷さと、平和の嬉しさ、その両方が語られて、はじめて「平和」が伝えられるのではと思います。ならば作ればいいのでしょうが、とても私の手におえるものではないと、ずっと長い間思っていたんです。それが、今回の「日・中・韓 平和絵本」プロジェクトなら実現できるかもしれないと考えました。
――その想いが、『へいわって どんなこと?』につながったんですね。
はい。これが、南京の会議に持っていったダミー(試作)です。子どもの視線から、日常のなかの「平和」の姿ってなんだろうと考えていく内容で、その後完成本になったものとコンセプトは変わっていません。
――絵本作家が連帯し、一緒に作品を作っていく、というのは具体的にどんなプロセスだったのでしょうか。
自分の作品のダミー(試作)を作っては、各国の作家に見せ、その内容について議論しあう、という前代未聞のやり方でした。ふだん、制作途中の作品について作家同士で意見を言いあうことはありません。お互いに作る大変さも苦労も十分にわかっていますしね。韓国のチョン・スンガクさんは「これから大冒険がはじまりますね。」と言っていましたが、本当にそうでした。大冒険というか、高速ジェットコースターというか(笑)。
2009年、韓国の作家の方から私の作品について「無意識のうちに日本人の平和観が表れている」というお手紙でをいただきました。当時のダミーの文章では、「せんそうの ひこうきが とんでこないこと」「ばくだんが ふってこないこと」というような受け身の文章になっていました。主人公の子どもにとって爆弾は落ちてくるもの。そう考えてのことでしたが、それが日本人の被害者意識を表していると言われ、驚きました。私自身の意図とは異なる意見に、なぜ? という気持ちになりましたが、やりとりを続けていくうちに、気づくことがありました。私の平和認識を見つめてみると、浮かんでくるのは空襲や原爆など、確かに日本の被害の光景なのです。中国・重慶での日本軍の空爆で逃げる親子や慰安婦となった朝鮮の少女の辛さなど、東アジアの人たちの苦しみを自分の痛みとして感じるかと問われれば、私はうつむかざるをえませんでした。知識で知っていることと、感覚で受けとめることの距離を痛感したのです。それでも、自分の中でこれしかないと湧き上がるものがなければ、文は変えられません。熟考するなかで、私は自分の「子ども観」にも問題があると気づきました。子どもはもっと主体的な存在であっていいはずだと。それで、子どもから戦争をする大人へ「NO!」をつきつける言い方に変えたんです。「ばくだんなんか おとさない」「まちや いえを はかいしない」というように子どもたちの「決意表明」ともいえる力強いメッセージになったと思います。
田畑精一さんからも、とても大切な指摘をいただきました。私は、はじめのころのダミーで「ひとりぼっちに しないこと」という場面を描いていました。疎外される人がいるのは平和とはいえないと考えたからです。しかし田畑さんは、「浜田さんね、ひとりぼっちになるって、実はとっても大切なことなんだよ」と言ったのです。戦争が近づいてくると、みんな一色に染められ、異論が許されなくなる。ひとりぼっちになるのが許されなくなるんだ、と。戦争中に少年時代を過ごした田畑さんの言葉に、私は、はっとしました。ひとりぼっち、つまり個人が確立してこそ、連帯することもできる。それこそが平和だということですよね。
作家同士議論しながら作品を作っていくことで、自分の想いとあらためて向き合ったり、新たな発見をすることができました。ひとりでは作ることができなかった作品です。
――本作は日常の中にある「平和」がテーマで、爆弾や軍用機など、戦争を想起させる場面もありますね。
最初はそういう場面がいっさいないダミーもつくりました。けれど、それでは子どもたちにとって、ただ「日常」が描かれているだけになってしまう。そこで、「平和」との対比という意味で、戦争の場面を入れることにしました。それによって、視覚的にも色の対比ができます。戦争や武器の場面は、黒やグレーなどの暗い色。それに対して「平和」の場面は黄色をシンボルカラーとし、明るい色を多く使いました。色彩そのもので、戦争と平和を表現することを意識しました。
10冊以上ダミーを作って試行錯誤を重ね、ためらいもありましたが「ころしたら いけない ころされたら いけない」という強い言葉も入れました。平和のすばらしさを伝えるために、考えられることはすべてやりつくしたと思っています。
子どもたちと一緒に考える「へいわって どんなこと?」
――2011年に刊行されてから、9年が経ちました。浜田さんはこれまでに多くの子どもたちとこの本を読み、交流されてきたとうかがいました。
3・4・5歳の幼児から、小中学生、そして大学でも講義をしました。また、中国、韓国、北朝鮮、台湾、中米のメキシコにも出かけ、読みあっています。この絵本を通して、本当にたくさんの子どもたちと出会うことができ、うれしい時間をいっしょに過ごしました。年齢によって、絵本の受けとめ方はさまざまで、大変興味深いです。小学校を訪れる機会が多いのですが、いくつか必ずお話しすることがあります。今私たちが使っている文字や、お金のもとは、中国大陸や朝鮮半島から伝わってきたこと。日本と中国・朝鮮・韓国は、古くから深いつながりがあったと伝えています。
子どもたちは絵にとても関心があるので、どうやって絵を描くかについての話もします。「爆弾って、いやなものだから、真っ黒で描いて、まわりにはカッターでスパスパ切ったとがった紙を貼ったんだよ」「あそんでいる場面には中国と韓国の伝統的な遊びも描いてあるんだよ」など、説明していきます。また「平和の反対って、なんだと思う?」という質問もしてみます。すると「戦争」という声がちらほら聞こえてきます。次に「日本は今戦争してる?」と聞きます。「していない」という子どもたち。「じゃあ日本は今平和なのかな?」そうたずねると「うん」とうなずく子、首をかしげる子、それぞれの反応があります。
――「戦争をしていなければ平和といえるのか?」というとても重要な問いかけですね。
そうした語りあいのあと、絵本を読むと、子どもたちの表情からいろいろなことが伝わってきます。たとえば、「いやなことは いやだって、ひとりでも いけんが いえる。」という場面。ここでいつも、会場がシーンと静まり返るんです。自分の意見を伝えることの難しさを、子どもたちなりに日々感じているのかな、と思います。「本当にいやなことは、勇気を出して伝えなきゃいけないね」と語りかけるようにしています。「おもいっきり あそべる。」「あさまで ぐっすり ねむれる。」という場面で首をふったりかしげたりする子も。子どもたちは絵本を見ながら自分の日常に引き寄せて「平和」について考えてくれているのだと感じます。
子どもって「一番」が好きですよね。「この本の一番のおすすめはどこですか?」って聞かれることが結構あるんです(笑)。そのときに私は「どこもおすすめだけど、特に一番のおすすめは、最後の『へいわって ぼくが うまれて よかったって いうこと。きみが うまれて よかったって いうこと。そしてね、きみと ぼくは ともだちに なれるって いうこと。』だよ」と答えることにしています。
――3・4・5歳ぐらいの子どもたちからは、どんな反応がありますか?
それがおもしろいんです(笑)。先ほどの「いやなことは いやだって、ひとりでも いけんが いえる。」という場面で、彼らは「言えまーす!」って、大はしゃぎです。小さな子どもたちとは、対話しながら、絵本を読み進めていくようにしています。軍用機が飛んでいる場面では、「みんな、飛行機乗るの好き?」って聞いてみるんです。「おじいちゃんの家に行くとき乗るから好き」なんて声が聞こえてきて、「そうだね。わくわくするよね。でもこの飛行機は爆弾をおとすための飛行機なんだよ。」「えー、いやだー!」といった感じで。押しつけにならないよう気をつけていますね。
――子どもたちがこの本を読んで考えた、自分のとっての平和には、どんなものがありますか?
それはもうたくさんありますが、いくつか印象的だったものをご紹介しますと……「平和は、戦争がないだけではないことがわかりました。」とか「生まれてくることが奇跡だと知りました。」といったものは多いです。子どもたち自身気づいてくれたのだと、嬉しくなります。絵本を見て、「パレードの場面にもっと動物が出てくるとよかった」と感想を言ってくれた子は、「平和って人間だけではなく、動物や草や虫も大切にされること」と書いてくれました。韓国の女の子で、「『ごめんなさい』を受け入れること」と話してくれた子もいました。「へいわって、だらだらすること。」という4年生の男の子の言葉が私は大好きです。
この絵本を読んだあと、子どもたちは、「いじわるをしない」「けんかをしない」というように、まず自分について振り返るんです。そして次に家族やともだちといった、自分にとって近しい、顔が見える人たちのことを考える。「ともだちとなかよくしたいと思った」「弟を見ていると嬉しい。お母さんはよく産んでくれたと思う」と。そしてその先、自分とは直接関わりをもたない、どこかで今も起きている戦争のこと、人間以外の生き物や植物のことにまで、想像を広げるようになるんです。とってもすばらしいことだと思います。そうなるためには、「ぼくがうまれてよかった」と思える豊かな自己肯定感をもつことがかかせないと私は考えています。
――海外でも読まれている『へいわって どんなこと?』ですが、昨年末に翻訳版が刊行された香港で、「Hong Kong Bookprize」(※)を受賞したという嬉しいニュースが届きました。おめでとうございます。
ありがとうございます。昨年6月ごろから、中国版を子どもたちに読んでくださっていた、香港の出版社の方がいました。その方が、「この絵本は香港に必要だ」と思われ、ぜひ出版したいと熱いオファーをくださったのです。昨年暮れに新たな翻訳版として刊行され、書店や図書館などで読書会も多く行われていると聞いています。初版は3,000部、その後すぐに3,000部重版になったそうです。「Hong Kong Bookprize」という賞は、その年に刊行された中国語のさまざまなジャンルの出版物の中から審査員と市民の方が選ぶものなのですが、2019年刊行の書籍の中で『へいわって どんなこと?』が受賞作9点のうちの1点に選ばれたと聞き、嬉しく思っています。
――同じお話をいろいろな国の子どもたちが読めるというのは、すてきですね。今、コロナウイルスによって日常生活の在り様が大きく変わり、揺らぐ世界情勢、人種差別の問題など、日々ニュースで目にします。このような状況で、子どもたちとどのように向き合い、どのように語りかけていけばいいか、読者の皆さんも考え続けていると思います。浜田さんはどのように思われますか?
子どもたちには、今何が起きているのかをしっかりと記憶してほしいと思います。そして、自分自身や自分が思うことを、否定することなく大切にしてほしいです。子どもたちは感覚がするどいので、口ではうまく言い表せなくても、きっといろいろなことを感じているはずです。
子どもたちには、「こうだったら最高! プロジェクト」を提案したいです。例えば、学校。「学校がこうだったら最高!」と想像してみてほしい。「もっといい」じゃなくて、「最高」の学校。どんなイメージでもかまわない。現実とのギャップなんか気にしないで、自由に楽しく想像してみてほしいですね。「理想」を思い描くことは、いつだってとても大切です。「理想」を描けてこそ、ギャップを埋めていこうと進んでいけるのですから。
子どもの近くにいる大人たちは、すべてを解決できなくても当然だし、いいと思います。子どもたちが不安なら「不安だね」と声をかけ、わからないことは「わからない」といっしょに考える。子どもの気持ちをまるごと受けとめ、分かちあうだけで子どもはとても安心できると思うのです。
――本日はありがとうございました。
※「Hong Kong Bookprize」…香港のラジオ局、香港電台(RTHK)が主催。その年の香港のあらゆるジャンルの出版物の中から優れた作品に贈られる。審査員に選考された候補作品リストから、一般読者の投票20%、審査員の投票80%の評価点によって選ばれる。今回が13回目となる。同賞のwebサイトhttps://app4.rthk.hk/culture/13thbookprize/polling.php
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へいわって どんなこと?
浜田桂子 作
へいわってどんなこと? 「きっとね、へいわってこんなこと。せんそうをしない。ばくだんなんかおとさない。いえやまちをはかいしない……」いろいろな視点から平和を考え、平和の意味を問い返します。本シリーズは、日本の絵本作家が中国と韓国の絵本作家に呼びかけ、三か国12人の協力で実現した平和を訴える絵本です。三年以上の歳月をかけ、国を越えた意見交換を積み重ね、各国の歴史を踏まえて実現した画期的な取り組み。
- 小学1・2年~
- 2011年4月1日初版
- 定価1,650円 (本体1,500円+税10%)
- 立ち読み