インタビュー『うまれてきてくれてありがとう』画家・黒井健さん

(2019.3.26インタビュー実施)

この春、早くも30万部を突破した絵本『うまれてきてくれてありがとう』。今回は絵を手がけた黒井健さんに制作時のエピソードや作品へのお気持ちなどをうかがいました。





――『うまれてきてくれてありがとう』は、にしもとようさんが息子さんへのプレゼントとして書かれた物語です。妊娠、出産に大変なご苦労があったご自身の経験がもとになっていますが、初めて文章を読んだときの印象はいかがでしたか?


「うまれてきてくれてありがとう」という言葉は、普遍的でとても大切だと思いました。ところが当時は子育てから随分時間が経っていましたし、強く実感を持てるテーマではなかったのです。声をかけてくれた編集者には、「今子育て中の方や、子どもが身近にいる画家の方がいいのでは」と返事をしたのですが、「ぜひ黒井先生に」と何度も言ってもらって……。それで、やってみようと。

編集者の熱意が大きかった、ということなのですね。はじめに取りかかったことは何でしたか?


自分との接点がなかなかないと感じる物語の場合、一生懸命入り口を探すのです。この作品では、あかちゃんは描けるだろう、という気はしていました。ところが、背景、つまりあかちゃんがいる場所をどう描くかが問題になった。うまれる前のあかちゃんが旅をしていく物語ですが、夜のような闇の中を歩かせるわけにはいきませんし、かといって動物が出てくるから自然、例えば林の中とするのも現実的すぎます。そのとき思い立ったのが、当時関心を持っていたテキスタイルでした。草木や花をテキスタイルのようにあかちゃんの背景、動物たちの背景に描いていったのです。これは私のとってはじめての試みでした。


よく見ると、木の幹にもテキスタイルのように模様が入っています。登場する動物たちによって、背景もそれぞれ。色とりどりで優しく、あたたかな雰囲気ですね。画材は何を使われているのですか?


ふだんからよく使うオイルパステルや色鉛筆を使っていますが、描き方が少し違います。マスキングフィルムで型を作り色の境い目をはっきりさせ、シャープさが出るようにいつもは描いていくのですが、この作品ではそれをほとんどしていません。手で描いた跡をできるだけ残すことで偶然性にかけてみたかったということと、そのことであたたかみが出ればいいなと思ったのです。

――テキスタイルの技法をいかしつつ、かたくなりすぎていないのは、手描きの線をいかしているからなのですね。主人公のあかちゃんを描くときにはどんなことを考えたのですか?


かわいい、というよりは、見た人がいとおしさを持てるように描きたいと思っていました。髪がくるくるっとカールしているのは、私の息子があかちゃんだったときを思い返したからです。うまれる前にお母さんを探している場面では、天使をイメージしてあかちゃんの背中に羽を描いてうまれた後とは違う感じにしました。ちなみにこの作品、表紙のための絵はないのですよ。本文中の絵をデザイナーが表紙として構成してくれました。表紙を描こうと思って描くと、どうもよそいきになってしまって、よくないことがある。「表紙面」(ひょうしづら)なんて言いますけどね。本文中のあかちゃんの絵が、表紙に使われています。

前半はさまざまな動物の親子と出会いながらお母さんを探すあかちゃんですが、後半は、いよいよお母さんを見つけ、おなかに入っていくまでのお話。がらっと変わっていきますね。




「ママ、どこにいるのかなあ」の場面から、不思議なことに描いていくのがぐっと楽しくなりました。前半は技法上の挑戦をする、という別の楽しさがあったのですけどね。通常は小サイズ、中サイズとラフを描いて構成をかためていくのですが、この作品はあまりラフを作りこまなかったのです。特にこの後半部分は、実際に絵を描きながら、何度も試行錯誤をしていきました。そんな時間がとても楽しかったのです。絵と会話していく感覚がありました。私自身、描いていくうちに主人公のあかちゃんと同じような気持ちになっていったからなのかもしれません。そうしてようやくたどり着いたお母さんのおなかの中。「ぼく、ママのこどもでうまれるよ」の場面は、お母さんにとっての幸せな時間だと思って描きました。

出産をひかえたお母さんからも、この作品への声はたくさん届いています。うまれる前のあかちゃんとの絆を感じられるからなのでしょう。そんな『うまれてきてくれてありがとう』は、30万部を突破しました。


もう30万部なんて、とても驚きました。読者の方からいただくメッセージはすべて読ませていただいていますが、こんなにもいろいろな「うまれてきてくれてありがとう」があるんだなぁ、といつも感じています。妊娠・出産が必ずしも順調ではなかった方がこの作品に深く共感してくださっていることは、とても意外でしたし、ありがたいことです。私自身、子育てのときには父であることに必死であまり感じていなかったのですが、孫が生まれ、命の誕生の神秘や、子どもが成長していくことの輝きを間近で感じるようになりました。人間が育っていくうえで、たっぷりとかわいがられることが、どんなに大切か、とつくづく思います。子どもにとって、自分がいることを喜んでもらえることは生きることの礎となり、その後に出会う様々な困難を乗り越える力になってくれると信じています。この作品にはこうした願いが込められているのかもしれません。

――ありがとうございました。




うまれてきてくれてありがとう

単行本絵本

うまれてきてくれてありがとう

にしもとよう ぶん/黒井 健

「ぼくは、ママをさがしているの。かみさまが、『うまれていいよ』っていってくれたから・・」クマくんやぶたくん、ほかの動物たちはみんなママと一緒です。ぼくのママは、どこにいるの?「あなたは、世界でたった一人のかけがえのない存在。うまれてきてくれて、ありがとう。」絵本を通じて、親から子へメッセージを伝えることで、子どもの自己肯定感を育み、かけがえのない命の誕生を親子で喜びあう絵本。

  • 2歳~
  • 2011年4月15日初版
  • 定価1,404円 (税込)
  • 立ち読み