2022.06.27

<インタビュー>本年度 小学校中学年の部 課題図書『みんなのためいき図鑑』著者・村上しいこさん

昨年刊行され、本年度の青少年読書感想文全国コンクールの課題図書(小学校中学年の部)に選ばれた、『みんなのためいき図鑑』(村上しいこ 作/中田いくみ 絵)。

学校のクラスで班ごとにオリジナルの図鑑をつくることになった“たのちん”こと、田之上嵐太。
たのちんの班は、小雪、七保、コーシロー、そして保健室登校で教室にほとんど来ない加世堂さんの5人です。たのちんの班は「ためいき図鑑」を作ることになり、クラスメイトたちの悩みや思いにふれていきます。

本作について、著者の村上しいこさんにお話を伺いました。





——「ためいき」を図鑑にするという、おもしろい題材の作品ですね。
そうした題材を選ばれた利用、作品を書かれたきっかけなどあれば教えてください。


子どもたちの「放課後児童クラブ」(学童保育)へ見学に行かせてもらったのがきっかけです。
その中に、ためいきをついている子がいて、私は「あれっ?」て思いました。私の中に、時代が変わっても、子どもたちは、元気なものという、固定観念がありました。
「どうしたの?」って聞くと、 「宿題が、多すぎる!」って言うんですね。当時、コロナの初期というのもあって、プリント学習に頼るしかなかったこともありますが、それでも「まだ習ってないのに、宿題に出された」とか、「オンライン授業だと、先生に質問しても、無視される」とか、いろいろあるんですよね。
他にも聞いていくと、「体操クラブに通ってるけど、指のまめがつぶれて、もう行きたくないのに、今日も練習だ」「田舎のおばあちゃんに会えない」とか、「東京にいるお父さんが、戻って来られなくて、もう半年も会っていない」とか、「僕が誰かを叩くと怒られるのに、どうしてお母さんは僕を叩いてもいいの?」とか、「私たちは、なんにもできないのに、どうしておとなは、オリンピックをするの?」とか……。

そうした子どもたちのためいきに、返す言葉がみつからなかったんです。
「そうだよね。みんなどこにも行けないもんね」と言うと、「ちがう! おとなは行ってる。おとなが飲みに行って感染して、おとなが広げてる。ぼくらはどこにも行ってない」と。
小3の女の子が、「子どもには、なんの力もないのに、おとなは何もしてくれない!」と、怒鳴るように言った言葉が忘れられませんでした。

数年前から、SDGs に代表されるような、「環境問題」や「貧困」「高齢化問題」「原発の問題」「戦争」と、社会的なテーマを含んだ児童書が増えてきました。「さあ、子どもたちよ、考えてくれ!」とばかりに。私も頑張って書いてきました。
でもそれって、本当に良かったのかな、と、一度立ち止まって、本来の児童文学って何なのか、考えるきっかけになりました。
子どもたちの日常に、もっと、よりそった物語を、私は書きたい! 子どもたちの思いに答えるつもりで、この作品は、生まれました。
以前、日本児童文学者協会新人賞を頂いたとき、古田足日先生に「私も頑張って、ロングセラーになるような作品を書きたいです」と言ったところ、先生から、「そんなことは、考えずに、いまの時代を生きている子どもたちに向けた物語を書きなさい」という言葉をいただきました。今でも、迷ったときにこの言葉に立ち返ります。

いま、目の前のためいきをついている子どもたちに、どうすれば向き合うことができるのか、どうすれば寄り添うことができるのか、どうすれば子ども達の気持ちにもう少し近づけるか考えた時に、ためいきを擬人化してお話を書いて、そうした子どもたちの気持ちにふれる作品にできたらと思いました。



——加世堂さんの描いた絵から生まれた、たのちんの分身のような不思議な存在「ためいきこぞう」は、この作品ならではのおもしろいキャラクターですね。


ためいきこぞうは、たのちんの「かけあい漫才」の相手なんです。
私の作品の場合、作品構造の基本となるのは、かけあい漫才だと思っています。
例えば、デビュー作『かめきちのおまかせ自由研究』(岩崎書店)の、「かめきち」と「しんご」。『ももいろ荘の福子さん』(ポプラ社)の「福子」と「ぼんた」。『神さまの通り道 スサノオさんキレてるんですけど』(偕成社)の「ガンちゃん」と「スサノオノミコト」。「ねこ探!」シリーズ(ポプラ社)の「銀ちゃん」と「猫のピース」など、特に中学年向けのものは、かけあい漫才を大切にしたいと思っています。

それは、つらいとき、苦しいときには、単に「大丈夫」だけじゃなくて、くすっと心がほぐれるような笑いがとても大切だと思っているからです。
私自身が、子どもの頃に親から虐待を受けていた経験があるんですが、くすっと笑わせてくれるような作品に、私も子どもの時に救われてきました。子どもの頃そうした作品に出会っていなかったら、自分自身が壊れていたんじゃないかと思うんです。

ためいきをついている子どもたちに寄り添えたらと考え、デビュー当時に古田先生に言われたように、今の時代を生きる子どもたちに向けて書くことを、今回の作品では特に意識して書きました。

——絵は人気イラストレーターの中田いくみさん。子どもたちの姿をポップにみずみずしく描いていただきました。


じつは、中田いくみさんは、今ほど有名になる前から、大好きだったのですが、なかなか、中田さんに描いてもらえるような作品が、書けなかったんです。
そのせいで、他の作家さんたちが、中田さんの絵で本を出されているのを見ると、恋人を取られたような気がしていました。勝手に片思いをして、勝手に振られるという(笑)
だから今回、この作品を書きながら、「おっし! これならいけるぞ!!」と、完成するのが、待ち遠しかったです。童心社さんにも「中田いくみさんでお願いします」と、初めから推していきました。
なので、この作品を中田さんの絵で出せたことは、私にとっては、かけがえのないことだったんです。
それと、私にとって今回、冒険だったのは、主人公のたのちんの顔に「ホクロ」を付けたことです。
以前、同じようにホクロを付けたとき「ホクロのある顔は、主人公の顔じゃない」と却下されたことがありまして……今回冒険をさせてくれた、編集者さんにお礼を言いたいし、それをチャーミングに描いてもらえて、幸せです。お気に入りの場面は、全部ですけど、あえて言うなら、まず、班の5人がそろったこの場面です。



ここで小雪が「それいったら、なぐる」ってセリフがあります。
なぐるは、児童書では、少し乱暴かなと思ったんですが、いくら考えても、なぐるしかないなと、思って。そこを、力強く描いてくれました。
とにかくどの絵にも、物語があるんですよね。特に、肩とか背中がいいです。



次に好きな絵は、この小雪とゆらのためいきこぞうです。
そして表紙は、もう、言うことないですよね。

——作中に、ためいきにもいろんな理由があることや、「ストレス系」や、「まんぞく系」などの分類も登場しますが、村上さんはどんな時にためいきをつきますか?



私の場合は「よし、がんばろう」という時ですね。
作品がOK になった時や、今回のように課題図書になったとお知らせいただいた時、原稿がうまく書けなかった時も、「よし、がんばろう」と、ため息をつくことが多いです。
おちこんだり、よろこんだりとした時に、最後に気合いをいれるためでしょうか(笑)

子どもたちに話を聞くと、つらいと思っていることを教えてくれるんですが、「じゃあどうしよう」という答えをこちらから出すことはないんです。そんな時は、一緒に話を聞いて最後に「よし、じゃあ、がんばろうか。私もがんばる!」って話すことが多いです。それと同じなのかもしれません。



——巻末には、ため息の分類や、クラスメイトたちのインタビュー、アンケート結果など、たのちんたちが作った「ためいき図鑑」も掲載されていて、おもしろく読みました。
巻末の「ためいき図鑑」はどんなことを考えて書かれたのでしょうか?


最後の「ためいき図鑑」は、初稿にはなかったのですが、優秀な編集者さんから「やっぱりここまで書いたんであれば、最終的にどういう図鑑になったか、必要ですよね」と言われて。ああ、やっぱり、見逃してくれなかったか、みたいな(笑)

内容は、私が知る限りの子どもたちから話を聞いて参考にしました。それこそ、コロナがなければ、もっと、大々的に、アンケートをとったり、もっとたくさん子どもたちの声を拾いたかったですね。



——登場する子どもたち、それぞれがリアルにいきいきと描かれていますね。


できるだけリアルな今の子どもたちの気持ちを描きたいと思い、子どもたちから話をたくさん聞くようにしています。そのうえで、子どもたちが言葉にできないところをリアルに描けたら最高です。たとえば尾崎君。こんなことをいう子は確かにいないかもしれません。でも、そういう思いをもっている子は、きっといるはずだし、その部分で共感してくれたらうれしいです。
この作品は、たのちんが主人公ですけれど、読んでくれた子が、もしかしたら加世堂さんに一番共感できる子かもしれないし、小雪に共感してくれる子かもしれない。そんな風に読んでくれたらうれしいです。



——主人公のたのちん、小雪と加世堂さんなど、登場する子どもたちそれぞれが、自分の気持ちや相手の気持ちにむきあって、思いを言葉にして、前へ進んでいく姿がとても印象的です。
思いを言葉にすることは、おとなにとっても難しいことですが、子どもたちにアドバイスがあれば、教えてください。


作中に「加世堂さんは、自由やねんで。やりたいことを、やろ」という台詞を書きました。今の子どもたちには「やりたいことをやろう」ということを、伝えたいと思っています。

子どもたちには、まず、たくさんの言葉を知ってほしいし、その言葉を自分のものにして欲しい。言葉が増えるということは、それだけ考える選択肢だとか、自分がやりたいことを考え、気持ちの整理をつける選択肢が増えるということです。それは今を乗り越えて、成長していく力になります。
特に、3、4年生は、感情や気持ちの、心の枝葉が伸びていく時期だと思います。この時期により多くの言葉や感情にふれることがすごく大事だと思っています。

その意味で、この『みんなのためいき図鑑』の中には、いろんな気持ちを抱えた子どもたちが登場しています。たくさん言葉を知って使える方が、人に共感することができるし、自分の気持ちを伝えることができます。いろんな気持ちをこの作品を読んで疑似体験してくれたらいいなって思っています。

そして、自分の気持ちをグループでもいいし、大好きな気のあう友達でもいいし、家族でもいいので、伝えられるようになってほしいです。

自分の中に気持ちを抱えるのではなくて、ため息をつける相手、ため息を出せる相手をみつけてほしいし、自分のふっと出るためいきを共有できる友達、共感してあげられる友達が増えたらいいなと思っています。

——今日はお話、ありがとうございました。

みんなのためいき図鑑

単行本図書

みんなのためいき図鑑

村上しいこ 作/中田いくみ

授業参観にむけて、たのちんの班は「ためいき図鑑」をつくることになった。どんな時にヒトがためいきをつくのか調べて発表するんだ。でもいっしょの班の加世堂さんは、保健室登校で、教室にはちっともきてくれない。加世堂さんもいっしょに図鑑をつくれないかと、たのちんがある提案をしたところ、班のほかのメンバーと、もめてしまい……もうためいきばっかり! 家族や友達との関係にゆれる子どもの気持ちを、鮮やかに描いた物語。

  • 小学3・4年~
  • 2021年7月7日初版
  • 定価1,320円 (本体1,200円+税10%)
  • 立ち読み