2018.10.17

インタビュー「ハートウッドホテル」シリーズ 翻訳者・久保陽子さん

(2018.7.24 童心社にて)


新シリーズ「ハートウッドホテル」シリーズの第1巻『ねずみのモナと秘密のドア』が刊行されました。
シリーズの刊行を記念して、翻訳者の久保陽子さんに、このシリーズの魅力をお聞きしました。





ーー「ハートウッドホテル」シリーズについて教えてください。


ネズミの女の子、モナがこのシリーズの主人公です。彼女は両親の顔も覚えていない程小さい頃に両親を亡くして、それ以来ずっと1人で生きてきました。森の中はオオカミがいたり、恐ろしい動物がたくさんいて過酷な環境なんですが、その中で雨風しのいで、転々とさまよって天涯孤独に暮らしています。その子がある嵐の夜に森の中で巨大な木をみつけて、その中が動物たちのホテルになっているのを発見する。そこに入るところからストーリーが始まります。
そこでメイドとして雇われることになって、今までずっと1人で生きてきたモナが、はじめてコミュニティの中に属することになります。
個性豊かなスタッフ達やお客に囲まれて、そこに居場所をみつけ、わが家としていく、そんなシリーズです。原書では、今回の1巻『ねずみのモナと秘密のドア』、2巻『ねずみのモナと最高のおくりもの』(2019年1月刊行予定)につづく、3巻、4巻が刊行されています。



ーー作者ケイリー・ジョージさんの作品は日本で初めて翻訳されると伺いました。


彼女はカナダの若手女性作家で、別の中編ファンタジーシリーズも手がけています。この「ハートウッドホテル」シリーズとあわせて、カナダとアメリカで高い人気を得ています。他にも絵本なども手がけており、著作は全体で20冊ほどです。日本での翻訳は「ハートウッドホテル」シリーズが初めてとなります。現地カナダでは小学2年生から5年生向けとして読まれていて、カナダやアメリカで、数々の賞や推薦図書に選ばれています。原作のホームページ*1もあるんですが、受賞情報などはそちらのページにも掲載されています。

ーーこのシリーズの魅力はどんなところにあるのでしょう?


元々私がこのシリーズの本を手に取ったきっかけは、「動物界の一流ホテルってどんなところだろう?」という興味からでした。主人公のモナは、今まで放浪生活を送ってきて、ちゃんとしたところで暮らしたことがないんですが、ハートウッドホテルのとびらを開けて中に入ったら、わっと驚くような見たことのない豪華な空間が広がっています。ふかふかのコケのじゅうたんだとか、丁寧に編み込まれた家具だとかイスがあり、暖炉があったりと、作品の中でホテル内部のインテリアがとても細やかに描かれ、設定されています。



また、いろんな動物が泊まれるホテルでもあるので、それぞれの動物の特性に応じた客室が描かれています。ベッドひとつとっても、ウサギだったら草をしきつめて、モグラだったら土といったように、ひとつひとつの動物の特徴をとらえて描かれています。「この動物の客室だったらどんな感じだろう?」という読者の好奇心に応えてくれる内容なので、子ども達がわくわくしながら読むことができるんじゃないかというのが、最初に感じた魅力ですね。

先ほどのホテルのインテリアやファンタジックな世界観といった魅力がまず印象的ですが、読んでいくと、キャラクターたちの感情がとても細やかに描かれているのがわかります。例えば友情の描き方についても、「今まで1人で生きてきたけど、ホテルでいろんな他の動物と出会い、みんなと仲良くなってよかった」というだけではなくて、踏み込んだ友情の築き方が描かれます。例えばメイドの先輩のティリーの冷たい態度に、モナは耐えきれなくなってホテルを飛び出しますが、なぜティリーがモナをターゲットにいじわるをするのか、だんだん話を読んでいくと、彼女の抱える心の傷など背景がわかるようになっています。単純に気の合うもの同士で友達になるだけじゃなく、気の合わない者、なんか嫌だな、という相手との距離の縮め方、踏み込んだ友情の築き方が描かれています。
また、ずっと1人で生きてきたモナは、うまくコミュニティに入っていくことができません。動物界では常識とされているマナーを知らなかったり、思ったことを相手にどこまで言っていいのか、関係の築き方がうまくできないところなど細かく描かれていて、小学校高学年の子どもたちにも読み応えがあるキャラクターとして描かれています。
ホテルのインテリアや設定などディテールの楽しさと、おとなでも共感するような感情のリアリズムがうまく織りあわせて物語が展開しているところも魅力だと思います。

ーー登場するキャラクターたちが個性豊かに感じられるのは、そうした細かい描写によるものなんですね。また、登場するキャラクターたちが担うホテルの仕事も、受付や客室係、コックや庭師など、ホテル内のいろいろな仕事の姿が垣間見られ、楽しく読ませて頂きました。




ーー両親の記憶のないモナの持っているカバンにあるハートのマークと、ホテルの玄関にあるハートのマークがなぜ、一致しているのかといった謎が、読み進むにつれわかってくる構成にもなっていますね。


1巻ではなぜ同じハートのマークなのか、その謎が徐々にあかされていきます。モナの両親については、今後の続巻で少しずつ明らかになっていきます。両親を知らないモナが、その過程で自分が両親から愛されていたことを知っていきます。また、1巻でモナにいじわるをするティリーなど、登場するキャラクターたちの背景や過去なども、続巻の中で描かれていきます。


ーーシリーズを追うごとに少しずつ背景や謎が見えてくるのは、シリーズを続けて読んでいく読者にとっては大きな楽しみのひとつですね。日本の読者に紹介するにあたって、大事にされたところなどありますでしょうか?


翻訳という観点から言えば、脇役も含めて20近いキャラクターが出てきます。会話が連続するシーンも多く、だれが話しているのか、主要人物については原作の特徴を生かして口調をわかりやすく訳す必要があります。特徴的なのはオーナーのハートウッドさんです。原書では倒置法を使ったり韻をふんだり、シェイクスピアを思い起こさせるような語り口ですが、日本語は元々「です」「ます」といった韻をふんでいることが多く、同じ方法で訳してもうまくいきません。原書の味わいを日本語でどう表現すればよいか、苦労しました。

ーーそうした翻訳での工夫もあって、登場人物たちが個性豊かに感じられるんですね。
最後に、この作品について、読者にむけてメッセージをお願いします。


主人公のモナは、孤独で苦しい生活を経験しています。第1巻の『ねずみのモナと秘密のドア』、また今後の続巻でも、おなかをすかしたみなしごたちや、孤独に生きている公爵など、新しいキャラクターたちが登場しますが、その動物たちのつらい気持ちを、モナは敏感に察知して、働きかけていきます。そうしたモナの性格がどの巻でも生きていて、周りをまきこみながら、相手に積極的に関わっていくことで物語が展開していきます。モナは小さなネズミでとてもかわいらしいけれど、モナの持つ情熱やたくましさに、読者も勇気を得ていただけたらと思っています。

ーー私も小さなモナから、ひたむきさやたくましさを感じました。この本の読者になる小学生の子どもたちにも、どんな子にも、それぞれに差はあれど、つらい気持ちや、悩みがあると思いますが、きっと共感し勇気をもらってくれるのではないかと思います。今日はお忙しいところ、ありがとうございました。





訳者紹介
久保陽子(くぼようこ)
1980年、鹿児島県生まれ。東京大学文学部英文科卒業。出版社で児童書編集者として勤務ののち、独立し翻訳者になる。訳書に『カーネーション・デイ』(ほるぷ出版)『ぼくって かわいそう!』『明日のランチはきみと』(フレーベル館)などがある



著者紹介
ケイリー・ジョージ(Kallie_George)
カナダの児童文学作家。ブリティッシュ・コロンビア大学で児童文学の修士号を取得。「Magical Animal Adoption Agency」シリーズ((未邦訳)など、絵本や読み物を20冊ほど手がける。邦訳は本書が初めて。本書はカナダ、アメリカで高い評価を受けており、A Silver Birch Express Award Honour Book を受賞した。また、ドイツ、フランスでも翻訳出版されている。

*1 ハートウッドホテル原作ホームページ「heartwoodhotel.com」
ハートウッドホテルに宿泊できる動物かどうかを調べたり、ぴったりな部屋をさがすクイズなど、ファンの読者が楽しめるページです。
ねずみのモナと秘密のドア

ハートウッドホテル

ねずみのモナと秘密のドア

ケイリー・ジョージ 作/久保陽子 訳/高橋和枝

親も家もなくしたねずみのモナは、ずっとひとりでくらしてきました。ある嵐の日、森をさまよいたどりついたのは、評判のすてきなホテル。そこでメイドとして働かせてもらうことになったモナですが、メイド長のリスはなぜかモナに冷たくあたります。とまりにくるお客さんも、それぞれ事情や秘密があるようで……。
ホテルの生活はトラブル続きですが、モナは信頼と友情をきずき、自分の本当のわが家をみつけます。
シリーズ第1弾。

  • 小学3・4年~
  • 2018年10月17日初版
  • 定価1,430円 (本体1,300円+税10%)
  • 立ち読み