2019.07.30

<連載『ちっちゃい こえ』③>「原爆の図 丸木美術館」学芸員・岡村幸宣さんインタビュー

『ちっちゃい こえ』をじっくりご紹介する連載企画、第3回です。
本作のもととなった「原爆の図」は、丸木俊さん・丸木位里さんが1950年から約30年かけて描いた15部にわたる壮大な連作。それら「原爆の図」を所蔵・展示するためにお二人が建てたのが、埼玉県東松山市にある「原爆の図 丸木美術館」です。
「原爆の図 丸木美術館」で20年以上にわたって学芸員を勤めてこられた岡村幸宣さんは、『ちっちゃい こえ』の制作期間も折にふれ作品をご覧になり、見守ってくださいました。今回改めてお話をうかがいました。

――岡村さんと「原爆の図」との出合いについて教えてください。

(学芸員の)実習の挨拶のために訪れたとき、はじめて観ました。あとで「どうだった?」と職員の方に問われたのですが、言葉にすることができませんでした。ほぼ等身大の人々が描かれている、というそのスケール感。まず作品のサイズにも作者のメッセージが込められていると感じ、大きな衝撃を受けました。

――ここで20年近く、多くの来館者の方に「原爆の図」を紹介してこられたのですね。

そうですね。私が心がけているのは、「『原爆の図』ってこういう絵だ」とは言わないこと。観る人によってどんな絵かは変わるものです。原爆を体験した人と、体験していない人ではもちろん違うでしょうし、同世代でも私と内戦を経験した人では違うでしょう。丸木位里と丸木俊がこの作品を描いた背景や、私がこれまで研究してきたことについてはお話しできますが、基本的には絵を観る人に寄り添い、いっしょに観る、という気持ちでいます。

――「原爆の図」をご覧になったおひとり、アーサー・ビナードさんが「紙芝居にしたい」とおっしゃったときのことは憶えていらっしゃいますか?

2012年の7月、電話でそのように伝えられました。「原爆の図」と紙芝居を結びつけることは、突飛なことではありません。それまでも研究者の間で言われたことがあったのです。「『原爆の図』は、『大きな紙芝居』である」、と。ですので、紙芝居にしたい、ということ自体には、あまり驚かなかったですね。そのときからアーサーさんは「原爆の図」を切りとるということと、「肉体」を描きたいということはおっしゃっていたように思います。「原爆の図」を切りとった上でアーサーさん独自の物語が生まれるのなら、それは新しいことだと感じました。

――その後長い長い制作期間があるわけですが。

折にふれ、その時の試作品は見せていただいていました。お電話いただいてから4か月後には最初のダミーができていました。絵は「原爆の図」を切りとっただけのもので、主人公は女の子でした。丸木位里・俊の文脈からあまり外れては、という遠慮もあったのかもしれませんが、比較的オーソドックスな内容だった印象です。
それが変化したのは、「原爆の図」から「サイボウ」を見つけ出し、物語の中に登場させてからだと思います。物語も絵も「原爆の図」からいい意味で離れて、自由になっていった。「原爆の図」を紙芝居の絵にするというのは、焦点を絞っていく作業だと思うのです。情報量が多く、すみからすみまで作者が神経を使って描きあげた絵ですので。それをただ切りとっては紙芝居の絵として重すぎるのではないかと私は感じていました。「原爆の図」のどこを使い、何を引いていくか、という難しい作業をされたのだと思います。それには「紙芝居」をわかっている必要もある。童心社でなくてはできない作品だったのでしょう。紙芝居の絵は色を変えたり、反転させたり、いろいろな工夫が施されているのですが、ここまで変わっても丸木位里・丸木俊の絵だ、ということも私にとっては発見でした。絵の仕上げをされた美術家の谷口広樹さんをはじめ、この作品に関わったすべての人が、ふたりを尊重していることの表れなのでしょう。本当に尊いお仕事をされたと思います。

――制作過程で試作した絵は1,000点を超えると聞いています。アーサーさんのお電話からおよそ7年。完成した作品をご覧になって、いかがでしたか?

「あ、できあがったな」と感じました。これまでは見せていただいても途中なんだろうなと感じていましたし、アーサーさんも「まだ変わるけどね」とおっしゃっていた。でも今回は、アーサーさんの物語と絵がしっかりとかみ合い、心に届いたのです。原爆のことを伝えようと思うと、正確であろうとするあまり、現実から飛躍することをためらい‟寸止め“の表現になってしまうことが多いのですが、それは作品としてはあまりおもしろくないのです。詩人アーサー・ビナードは、『ちっちゃい こえ』で見事な飛躍を見せてくれました。「原爆の図」の新しいかたちとして、この作品は歴史に残っていくものだと思います。
丸木位里、丸木俊は美術家でもありながら、「美術」の枠にとらわれず、社会とつながり、根こそぎ変えていく、外へ開いていくパワーを持った人たちでした。『ちっちゃい こえ』がそんな二人の思いものせて、多くの場所で演じられ、人々の間に広がっていくことを願っています。

――どうもありがとうございました。

(インタビュー 2019年3月19日)

7月20日からは「原爆の図 丸木美術館」にて本作ができるまでを追った企画展「紙芝居ができた!」がはじまりました。
次回はこちらの展覧会の模様をお届けします。どうぞお楽しみに。


 
ちっちゃい こえ

単品紙芝居

ちっちゃい こえ

アーサー・ビナード 脚本/丸木俊・丸木位里 絵/「原爆の図」より

ネコが語ります。家族のこと。命をつくりつづける、体の中のちっちゃい声のこと。ヒロシマのこと…。わたしたちはどうすれば生きていけるのか? 美しい絵から響いてくるそのこたえに、一人ひとり耳をすます紙芝居。
『ちっちゃい こえ』プロモーション動画はこちら

『ちっちゃい こえ』紹介リリース

  • 小学3・4年~
  • 2019年5月20日初版
  • 定価2,970円 (本体2,700円+税10%)
  • 立ち読み