<連載『ちっちゃい こえ』②>絵と脚本が生まれるまで

『ちっちゃい こえ』をご紹介する連載企画、第2回は7年におよんだ紙芝居の制作についてご紹介します。

【絵はどこから?】
本作に登場するすべての人や生き物は、丸木俊さん、丸木位里さんが描いた「原爆の図」の中に存在します。「原爆の図」は、原爆投下の直後に広島へ入ったお二人が目にした光景と、体験者の証言をもとに描かれた15部にもわたる大連作です。それぞれの作品の大きさは、どれも縦1.8メートル、横7.2メートルであり、四曲一双の屏風絵の形をとっています。
その壮大な「原爆の図」から絵を選んで切りとり、さらに工夫をこらして、16場面を構成しています。演じ手が 1 枚の場面をぬくと、次の場面が瞬時に観客に届くという、紙芝居のビジュアル効果を高めるために、色を変えたり、絵を反転したり、さまざまな実験を重ね、紙芝居の絵になりました。

それは、著作権者である丸木ひさ子さん(俊さんの姪、絵本作家)の許可なしにはできなかったことです。ひさ子さんは本作の刊行記念イベントのときに、その理由について「アーサーさんの目指していることと、丸木位里、丸木俊がやろうとしていたことが同じだと感じたからです。2000年に俊が死んで、時間が経っていくにつれて、《原爆の図》の可能性を狭めてはいけないと思うようになりました。世代交代していく中で、若い人たちにどう伝えていくかということを最近よく考えます。※1」と語りました。

絵の最後の仕上げを行った美術家の谷口広樹さんは、今回の仕事について、こう語っています。
「2014年にこの作品に関わることになって初めて《原爆の図》に対峙した時、僕はただの鑑賞者でした。『これが有名な《原爆の図》だ』というだけで距離があった。『すごいなぁ』と思いながらも、その時はまだ当事者にはなれなかったのです。でもこの仕事を進めていく中で、どんどん絵に迎え入れられていきました。絵と向き合っていると、丸木夫妻から『頑張れよ』と応援してもらっているように思えてきて。それはお二人のエッセンスを頂戴していくような感覚でした。※2」
こうして、「原爆の図」から、『ちっちゃい こえ』の絵が生み出されていったのです。

【脚本ができるまで】
アーサー・ビナードさんは幾度となく美術館に足を運び、「原爆の図」に描かれたひとりひとりと向き合い、耳をすましながら独自の物語をつむぎました。ビナードさんは脚本の創作についてこう振り返ります。
2012年から紙芝居を作り始め、1年やって、2年やって、3年やってみても脚本は完成しない。ストーリーは深まっていくけれど、どうも何か欠如している。「いったいなにが足りないのか?」と、ぼくは先人たちの紙芝居をいろいろ読み直して、気がついた。
「紙芝居ってメチャクチャだ!」
成功している作品は、常識から大胆にはみ出していて、飛躍が観客をひきつけている。絵本よりも演出上の「メチャクチャ」、あるいは「型破り」の要素が必要だと、そのとき悟った。紙芝居独特の「メチャクチャ」を見つけて、それから全国津々浦々、たくさんの人びとに観客になっていただき、また演じ手にもなっていただいて、発見の連続の中で脚本ができてきた。
たぶん、生き物の体のサイボウそのものが語り出して、主人公を買って出たとき、やっと「型破り」の域に達した気がする。

アーサー・ビナード
(『ちっちゃい こえ』紹介リーフレットより)

こうして出来上がった『ちっちゃい こえ』。5月に刊行となり、すでに多くの人が演じ手として作品を届け、観客としてご覧くださっています。

次回は紙芝居の絵のもとになった「原爆の図」について、「原爆の図 丸木美術館」学芸員の岡村幸宣(おかむらゆきのり)さんのインタビューを交えてご紹介します。

※1、※2 童心社定期刊行物『母のひろば』662号(2019.7.15)より
ちっちゃい こえ

単品紙芝居

ちっちゃい こえ

アーサー・ビナード 脚本/丸木 俊・丸木 位里 絵/「原爆の図」より

ネコが語ります。家族のこと。命をつくりつづける、体の中のちっちゃい声のこと。ヒロシマのこと…。わたしたちはどうすれば生きていけるのか? 美しい絵から響いてくるそのこたえに、一人ひとり耳をすます紙芝居。
『ちっちゃい こえ』プロモーション動画はこちら

『ちっちゃい こえ』紹介リリース

  • 小学3・4年~
  • 2019年5月20日初版
  • 定価2,970円 (税込)
  • 立ち読み