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とどける人

佐々木宏子
鳴門教育大学名誉教授

つなぐものとしての絵本『いないいないばあ』

  おとな(読み手)が絵本を開いて「いないいないばあ」と語りかけると、あかちゃんは笑います。
 くり返しおとなが「いないいないばあ」と語りかけると、あかちゃんはくり返し笑います。あかちゃんが笑うと、おとなも笑います。あかちゃんの笑いとおとなの笑いがとけ合い心が結ばれます。今度は、あかちゃんが「ばあ」と語りかけると、おとなは笑います。
 おとなが驚きと幸せのジェスチュアーを交えて、絵本のなかで「いないいないばあ」をするくまを指さしながら、「くまちゃんくまちゃん」と語りかけると、あかちゃんはあかちゃん語で自分の心を語りはじめます。絵本を開きながらジェスチュアーをとおして、表情をとおして、視線をとおして、言葉の抑揚・音韻・リズムをとおして、向き合う者のふたつの心は通じ合い、そのくり返しのなかでお互いの理解と信頼は育まれていきます。
 『いないいないばあ』は、一方的で人工的なマスメディアによる子どもの文化財が氾濫するなかで、あかちゃん絵本の原点のような存在となりました。あかちゃんが人となるためにもっとも大切なこと、多くの人とうまく関係を結ぶための基本的なレッスンを促します。裏返せば、おとなにとっては、まだうまくコミュニケーションのとれないあかちゃんの心を理解し、どのようにすれば楽しくつき合えるかを学ぶテキストにもなるのです。
 絵本をとおしてくり返される「いないいないばあ」の世界は、やがて日常の多様で複雑な人と人との間のコミュニケーション能力を育んでいきます。そして、あかちゃんは毎日新しい人と出会うなかで「いないいないばあ、いないいないばあ」と日常の扉を開け、新しい顔や言葉を作り人生を歩んでいくことでしょう。

童心社パンフレット「絵本ガイド」より




佐々木宏子(ささきひろこ/鳴門教育大学名誉教授)
京都府出身。絵本の主題分析にもとづく「絵本心理学」を構築。鳴門教育大学では、地域に開放された児童図書室長や、附属幼稚園長として、実践の場にも関わった。著書に『新版 絵本と子どものこころ』(JULA出版局)『絵本は赤ちゃんから』『絵本の心理学』(新曜社)など。