ほんとうよりもっとほんとうの田畑精一

 保育園のことを考えるとき、僕は丸の内のモダンなビル街のイメージを浮かべることにしています。とてもとっぴなようですが、それはこんなわけです。
ある日、僕は丸の内のビルの谷間を歩いていました。ここいく年かのうちに、このあたりのビルもすっかり新しくなったのですが、ちょうど新築したての大きい銀行の前に立ったとき、僕はほんとに恐しくて、鳥肌立ってしまいました。そびえ立つ銀行の建物は、暗く底光りする金属の壁面ですっかりおおわれて、圧倒的な威厳をもって僕を拒絶していました。とても人間が作った人間の建物とは思えませんでした。
一方の保育園のほうはこうです。密集した小さな住宅や団地に隣接して、低いフェンスにかこまれた小さな運動場、数十人の子ども達が自由に動きあそぶにはそれは全く不十分な広さです。建物はたいていもうくたびれていて、穴があいたりしているスリッパをはいて中に入ると、ワッと子ども達の歓声、笑い声、叫び声、いろんなほうむいてる机、ちらばった椅子、紙の切れはし、ボールにつみき、だいぶよごれ たお人形、空カン、空びん、カメやドジョウのいる水槽、なんの芽か、芽を出したアイスクリームの容器、 そして、ジーパンはいてる先生、ミニスカートの先生、いつもにこやかに笑ってる先生、ちょっとつかれ てる先生。この熱気と混沌にみちみちた、保育園の姿を、あの丸の内の銀行の姿と重ね合わせたとき、ほ んとうよりもさらにほんとうの保育園が僕には見えてくるように思えるのです。

著者プロフィール刊行年1974年当時の『母のひろば』(童心社発行の小冊子)より抜粋

著者プロフィール刊行年1974年当時の『母のひろば』(童心社発行の小冊子)より抜粋

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田畑精一(たばた せいいち)

1931 年大阪市生まれ。京都大学中退後、本格的に人形劇にうちこむ。人形劇団プーク・劇団人形座などで活動の後、古田足日と出会い、 子どもの本の仕事をはじめる。主な作品に『おしいれのぼうけん』、『ダンプえんちょうやっつけた』、『ゆうちゃんのゆうは?』『ひ・み・つ』(いずれも童心社)、『さっちゃんのまほうのて』、『ピカピカ』(いずれも偕成社)などロングセラー多数。