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とどける人

中村柾子
元幼稚園教諭・保育士

いないいないばあ 大好き!

 いないいないばあは、赤ちゃんの大好きな遊びです。いつもそばにいる人が、両手で顔を覆い「いないいない」の声とともに隠れると、「ばあ」とあらわれる。単純極まりない遊びですが、じつによくできていると思いませんか。いないいないばあは、1、2の3というリズムですね。目の前の人が顔を隠してしまうのですから、あれっと思うのは当然。でもすぐに目の前にあらわれる。子どもにとって、こんなにうれしいことはないでしょう。あるとき男性保育者がいたずら心を起こして、「いないいない」の間に机の下にもぐり、ばあと出てきました。そのときの1歳児が見せた驚きを忘れることができません。なかにはおびえている子どももいます。彼が何をしたかと言えば、きつねの面をかぶって出てきたのです。見知った顔との再会が約束事なのに裏切ってしまったのです。もちろん彼は自分のしでかした罪をいたく反省したのでした。かくも、いないいないばあは、人と人との間で交わされる遊びなのです。
 ところが、この数年、おやっと思う話を聞くようになりました。スマートフォンのアプリにこの遊びがあるらしく、1、2歳の子どもが自分で操作して、いないいないばあをしているというのです。人の声のトーンや出てくるタイミング、表情、遊び方の工夫などのどれもが貴重なのに、画面に向かってするなんて、なんてもったいない。これではコミュニケーション能力そのものが育たないでしょう。
 遊びの醍醐味を知った子は、絵本の『いない いない ばあ』を読んでもらうと、きゃっきゃっと笑います。素朴な遊びなのですから、絵にことさらの仕掛けはいりません。いないいないばあをテーマにした絵本はたくさん出ていますが、本書が長い間、子どもたちに愛されてきたのには、ちゃんと理由があるのです。ねこや、いぬ、ねずみたちは、ページをめくると満面の笑みで子どもの前に現れます。まっすぐ正面を見つめる顔が、子どもたちに「ばあ」と呼びかけているのです。出てくる顔がどれも嬉しい顔だから、赤ちゃんは安心して絵本をのぞきこみます。いないいないばあというあそびの意味をきちんととらえている絵本と言えるでしょう。動物たちは妙に擬人化されず、温かくのどかです。今どきの絵本に比べれば地味な色合いにも見えますが、大事なことは遊び心そのものを味わうことにあるのですから、文中の動物たちに声をかけたくなるような自然な色彩がこの絵本にぴったりです。
 絵本を読んでもらったら遊びたくなる、遊んだあとでまた見る。幾度も続くこの往復が、赤ちゃんの遊びを育て、読んでもらう歓びを育てることにつながります。いないいないばあの絵本には仕掛け絵本やキャラクターものも多くありますが、おもちゃのような絵本ではなく、子どもに静かに深く向き合うものを選びたいですね。
 保育学生たちも、はじめは見た目のかわいらしさや華やかさに軍配を上げたけれど、子どもと絵本と遊びの関係を知るほどに、この絵本の良さに気づいていきました。どんなに忙しくても、いないいないばあは、大人が直接子どもを楽しませるものでありたいと思います。

童心社定期刊行物「母のひろば」634号(2017.3)より




中村柾子(なかむらまさこ/元幼稚園教諭・保育士)
幼稚園教諭、保育士として勤めた経験を生かしながら、退職後も絵本とかかわり、絵本について考え続けている。著書に『絵本はともだち』『絵本の本』(ともに福音館書店)などがある。