2019.05.28

インタビュー『うまれてきてくれてありがとう』著者・にしもとようさん

(2019.3.6インタビュー実施)

2011年の刊行以来、深い共感を呼び版を重ねてきた絵本『うまれてきてくれてありがとう』。このたび、累計30万部を突破しました。
作者のにしもとようさんに、ご自身のご家族にまつわるエピソードや、作品について、あらためてお話をうかがいました。






夫婦で乗りこえた、妊娠、出産

――『うまれてきてくれてありがとう』は、息子さんの誕生をきっかけに書かれたそうですね。


そうです。子どもがほしいと思いはじめてから3年ほど経ち、年齢的なこともありあきらめようかと妻と話していたところ、妊娠がわかったのです。妻とふたりの暮らしもとても楽しかったので、それならそれでいいとも思っていたのですが、妊娠することができたときは、やはりとても嬉しかった。妊娠するまでは私たち夫婦にとってそれがゴールで、当然無事に生まれてくると考えていたのですが、実はそうではなくて……。妻の病気も同時にわかって、妊娠の継続、出産は8割方難しいだろうと主治医から告げられてしまったのです。そうしてはじまった長い入院生活。点滴をつないで、ひたすら安静にする日々でした。私は、朝に近所の氏神様で安産祈願をし、病室に顔を出し、それから出勤という毎日。私にできることといえばそのくらいでしたから。妻は20%の可能性があるなら、と前向きに頑張ってくれましたが、やはり1か月、2か月と時間が経ってくると気持ちも滅入ってくるようでした。それで何かできないかと思い、考えたのが「妻のいいところ100選」です。少しでも気持ちが明るくなってくれればと思い、必死に妻のよいところを100個考えました(笑)。絵と言葉で1冊のスケッチブックに綴っていったのです。

――100個!それはすごい数です。でも奥様のことをたくさん考える時間になったのでしょうね。


写真は、にしもとさん手作りの「妻のいいところ100選」。最後のページは、快くん(息子さん)の誕生への思いがこめられています。


そうですね。10個や20個では驚かないだろうなと思いまして。1か月くらいかかったでしょうか。できあがって妻に見せたら、とても喜んでくれました。入院中、くり返し見てくれていたようです。後々、「出産まで頑張る心の支えになった」と言っていました。早い段階で陣痛がきてしまったり、破水してしまったり、何度かピンチの局面はあったのですが、36週2日で息子は無事に誕生。一時は生まれることが危ぶまれたとは思えないほど元気な、2,772gのあかちゃんでした。

――息子さんと対面したときはどんな気持ちでしたか。


「ちいさな声で一生懸命泣いているな」というのが第一印象です。無事に生まれてきてくれたことへの感謝はもちろんありましたが、正直父になった実感はそれほど強くなくて。帝王切開での出産だったので、術後の痛みもあったと思うのですが、「あかちゃんがかわいいから全然痛くない!」という妻の言葉が印象に残っています。やっと会えた、という満ち足りた顔をしていました。

――にしもとさんご夫婦が力を合わせて乗り越えた妊娠、出産だったのですね。


もちろんそれもありますが、看護師さんや主治医の方をはじめ、たくさんの方に助けていただいた息子の命だと思っています。生まれてくることって奇跡なのだと心から思います。息子は今中学2年生ですが、こんなふうに生まれてきたんだよ、ということはこれまでも何度となく話しています。お世話になった方に直接恩返しをするのは難しいとは思いますが、感謝の気持ちをいつも持って生きていってほしいと思っています。


この絵本は、息子へのプレゼントでした

――息子さんのご誕生が2004年ということですが、絵本の刊行は2011年。作品ができあがるまでのお話をうかがえますか。


私はもともと絵や言葉で表現することは好きでした。知人の家族が引っ越す際に、そこのお子さんを主人公にした絵本を作ったことがあり、それが初めての作品です。その絵本が完成して、わが子にも何か作ってあげたいと思い書いたのが、この『うまれてきてくれてありがとう』でした。息子に伝えたいこと――と考えてまず思いついたのは、「うまれてきてくれてありがとう」の気持ちだったのです。

そのストーリーを見た妻が、とても感動したと言ってくれて。みんなに見せようと紙芝居を作ったのです。息子の幼稚園や友だちの子どもが通う保育園、小学校などさまざまな場所で演じたところ、子どもたち、一緒に観たお母さん方からとてもいい反応があったのです。なかには「生まれたときのことを思い出します」と涙する方も。「手元に置いておきたいから絵本にしてほしい」という声もいくつかいただいて、その後ご縁があって童心社から出版することになったのです。

――息子さんへのプレゼントとして書かれたのですね。うまれる前のあかちゃんが、お母さんを探しておなかの中にはいる、という物語ですが、それはどういったところから着想されたのですか?


とても印象に残るできごとが2つありました。1つは出産前、妻が長期の入院をしていたときのこと。入院中は胎児の心音チェックを定期的に行うのですが、それにたまたま面会中の私が立ち会うことができたときに、看護士の方が妻に言ったのです。「この子の心音はとてもしっかりしている。よっぽどあなたの子どもで生まれてきたいのね。」そのとき、この子自身が私たちを選んでくれたのだとハッとしたのです。

もう1つは息子が言葉をしゃべりはじめたばかりのときのこと。夜、川の字で3人で寝ているときに、妻が息子に「なんでママのところにきてくれたの?」と聞いたのです。すると息子が、「ぼくがママをえらんだからだよ。」と言ったのです。妻は本当に驚いていました。次々に質問する妻に、「おなかのなかはきゅうくつだった」などと息子は話していて、それは私にとっても不思議な体験でした。あかちゃんが、お母さんを選ぶなんてファンタジーだと思われるかもしれません。でも私はそのことを強く信じているのです。息子が自分で選んだからこそ、息子の誕生という「奇跡」が起きたのだと。

「うまれてきてくれてありがとう」というのは、妻がずっと息子に言っていた言葉なのです。もちろん私も同じ気持ちです。中学生になった今でも、妻は毎日ぎゅっと抱きしめて「うまれてきてくれてありがとう」と言っていますよ。息子はうるさいなあといった素振りを見せていますが(笑)。年頃ですし、毎日ささいなことでぶつかりあう妻と息子ですが、こちらの愛情が伝わっているといいなと思います。


――読者の声でも、「いつも思っていることだけど、言葉で子どもに伝えることができてよかった」というものが本当に多いのです。気持ちを言葉で伝えあうことは、親子の間でもとても大切なのですね。そんなにしもとさんの体験がいくつも重なりあいうまれたこの物語。絵本化に際して絵を手がけたのは、黒井健さんでした。


絵は黒井健さんと聞いたとき、とても驚き、嬉しかったです。私も妻も、昔から多くの作品で親しんでいた方でしたから。ご原画を初めて拝見したときは、なんてかわいらしいのだろうと思いました。とてもあたたかみのある絵でした。自作の紙芝居では男の子が主人公ということもあり、元気に冒険する、という雰囲気だったのですが、編集者の方と相談しながら、やわらかい、やさしい言葉に修正していきました。めざしている作品の空気感をさらに確かなものにしてくださったのが、黒井さんの絵でした。絵本は息子が幼稚園を卒園するころに完成し、プレゼントすることができました。


この絵本を真ん中に、親子のひとときを過ごしてもらえたら

――それから約8年。30万部を突破し、ロングセラーの仲間入りをしつつあります。


30万部ときいてもなんだか信じられない気持ちです。私自身、自分のことを絵本作家ではなく、家庭が好きな普通のパパだと思っていて……。何かを作るときの源は、家族に喜んでもらいたいということ。この作品もはじまりは息子への純粋なプレゼントでした。それが今多くの読者の方に共感してもらえているというのは、大きな喜びです。この本を真ん中に親子が心を通わせることができているのなら――、そう考えると幸せな気持ちになります。私自身のことですが、いつか息子の子ども、つまり私の孫にもこの絵本を手渡すことができたら、と想像しています。

――最後に、本作を読んでいる読者の皆さんにメッセージをお願いします。子育てを経験されている先輩としてのアドバイスもぜひ。


そんなに偉そうなことは言えませんが(笑)。息子がうまれてからのことを思い返すと、おむつを替えたり、離乳食を作ったり、もちろん遊んだり、といろいろなことをさせてもらいましたが、大変だった記憶が全然ないのです。どんな場面も楽しい思い出になっているのですよね。日々成長し変わっていく息子を一番近くで見られる幸せも感じてきましたし。妊娠、出産、そして子育てを頑張るお父さんお母さんには、本当に大変なこともあると思いますが、はじまる前からあれこれ考えすぎて身構えることなく、自然体で楽しんでほしいと思います。

――ありがとうございました。



うまれてきてくれてありがとう

単行本絵本

うまれてきてくれてありがとう

にしもとよう ぶん/黒井健

「ぼくは、ママをさがしているの。かみさまが、『うまれていいよ』っていってくれたから・・」クマくんやぶたくん、ほかの動物たちはみんなママと一緒です。ぼくのママは、どこにいるの?「あなたは、世界でたった一人のかけがえのない存在。うまれてきてくれて、ありがとう。」

絵本を通じて、親から子へメッセージを伝えることで、子どもの自己肯定感を育み、かけがえのない命の誕生を親子で喜びあう絵本。

  • 0・1歳~
  • 2011年4月15日初版
  • 定価1,430円 (本体1,300円+税10%)
  • 立ち読み