2019.02.15

インタビュー『天使のにもつ』著者・いとうみくさん

(2018.11.30インタビュー実施)

『糸子の体重計』『かあちゃん取扱説明書』『アポリア あしたの風』などの読み物が人気のいとうみくさん。2月に、待望の新作『天使のにもつ』が刊行されます。作品を書いたきっかけや、思いについてうかがいました。

――『天使のにもつ』は中学2年生の男の子が主人公。職場体験の5日間が描かれています。


息子が中学生のときに、本作の主人公の風汰のようにやはり職場体験に行きました。彼がお世話になったのは有料老人ホームだったのですが、まず利用者の方同士の関係に驚いたようなんです。利用者さんってお年寄りですよね、でもその人たちが、レクリエーションのジャンケンなんかでムキになったりするのを見ていて、えー、おじいちゃんおばあちゃんたちなのに!? みたいな(笑)。実際に利用者の方と話をしたりするなかで、これまで彼が思っていた高齢者のイメージがちょっと変わったようでした。中学生くらいの子どもたちが、ふだん接するのは自分とそう年齢の変わらない人たちで、世代が違う人と触れ合うチャンスって案外ないんですね、ですから職場体験での経験は新鮮で、衝撃的でもあったのではないかと思います。そんなところから、中学生が年齢の離れた人だったり、知らない環境に踏み込んだときどんなことを感じるんだろう、どんな見かたをするんだろう、と興味がわいたのが本作を書くきっかけです。

――風汰は明るくて、純粋な男の子ですね。


いかにも「中学2年男子」という感じですね。愛をもって言えば、アホな子(笑)。チャラいし、何も考えていないようですが、感じていないわけではない。知らないことが多い分、純粋でもある。風汰の体験先は保育園です。老人ホームとは違いますが、お年寄りと同じく、子どもたちは中学生にとって大きく歳の離れた未知の存在です。実際に保育園で職場体験をしている中学生に遭遇したこともありますが、やっぱり最初はどう接していいかわからずオドオドしているのですよね。風汰はなにか役に立とうとか、学ぼうとかいうのではなく、乳幼児という未知の存在に戸惑いつつも、園児たちと同じ視線で対等に関わっていくんですが。

――本作の中で、体験先を保育園にしたのはなぜですか?


私自身、保育園が好きだったからです。ライターの仕事として、20年近く保育雑誌で保育園の取材を行ってきました。毎月1~2か園取材しますので、これまでにうかがった保育園は相当な数になります。今回作品の舞台とした「エンジェル保育園」は、特定の園がモデルになっているわけではありません。自由な雰囲気で子どものやりたいことを尊重する、私の好きないくつかの保育園を思い浮かべて書きました。


――実際に現場をご覧になって、保育士さんのお仕事をどう感じていますか?


「専門職」だと思います。保育園というと単なる「託児」のように捉えられていることもいまだに多いと思いますが、ただ子どもを預かるというだけではない。もちろん命を守るということは大前提ですが、子どもたち一人ひとりの育ちを支えていく教育の場でもあるわけです。同時に子どもだけでなく家族を支えてくれる心強い存在です。私も子どもを保育園に通わせていたので、支えられる家族の気持ちはよくわかります。

――風汰は子どもたちに振り回されながら、保育士の仕事を体験することで、そのハードさに驚いたり、プロフェッショナルな仕事ぶりに感動したりします。そんな中、ある男の子が気になる存在になっていくのですよね。


しおん君ですね。お昼寝をせずに事務所にいたり、泥んこ遊びをしなかったり、他の子とは違うところが見えてくる。風汰はしおん君とお母さんの間に何かがあると感じ、何かしたいとも思うのですが、自分にできないことも、わかっているのです。大人なら、面倒くさいことややっかいなことはあらかじめ察知して避けることもできますが、何も知らない風汰は目をそらせない。だからこそ、向き合い葛藤する。風汰にとっては、ニュースで何度も報じられている「虐待」や「ネグレクト」といったフレーズも、実感をともなわないものです。けれど自分と関わったしおん君のことは心が、体が動くのですよね。

――園長先生が「‟平等“って、全員に同じことをしてあげるってことじゃないと思うの。一人ひとり、その子にとって、本当に必要なことをしてあげる。それでいいと思うのよ。」と風汰に話す場面があります。


子どもによって、家庭環境も抱えている問題の内容も、大小の違いもありますが、子どもの幸せが‟平等“であるべきなんだろうなと思うのです。保育士さんはいろいろなことをひっくるめて、保育園で、子どもに対して何ができるか、それに徹しているのだと感じます。風汰も、先生たちと5日間を過ごす中で、保育士という仕事や、仕事への姿勢を感じていきます。

――風汰にとって、まーくんセンパイも大きな存在ではないですか?


そうだと思います。中学生くらいの子どもにとって、先輩って特別なんです。限りなく自分に近いけど、年上ですし。親や先生に言われたら「うるせーな」なんて思うようなことも、先輩に言われると素直に「そうか」と思える、そんな存在ではないかと思います。

――『かあちゃん取扱説明書』などいとうさんのこれまでの作品でも、「家族」について必ず描かれている印象があります。


やはり児童文学として子どものことを書く上で、家族のことはかかせないと思います。家族の数だけドラマがありますし、よい悪いは別にして、家族は子どもの土台になるものだと思うのです。私はすべての中学2年男子が風汰のようだとは思っていません。風汰の父親がいて、母親がいて、その両親のもと育った風汰はこんな風に感じるだろう―そう思いをめぐらし書いていきました。


――たかが5日間、されど5日間。風汰にとって目まぐるしく濃厚な5日間の最後に、しおん君のお母さんとのやりとりがあります。


最後の風汰の行動も、風汰が深く考えてしたものではないでしょう。感じて、勝手に体が動いたということだと思います。自分は大人のようにできないけれど、今できることをやろうと思えるようになった。本作は成長物語という大それたものではないけれど、風汰自身に「気づき」はあったのかな、と思います。

――『日本児童文学』(日本児童文学者協会 機関誌)に連載されていた本作ですが、大きく改稿されているそうですね。


『日本児童文学』では、6回の連載で字数制限もあったのでかなりコンパクトだったのですが、書籍化するにあたり、ふくらませていきました。職場体験が終わったあとの学校の場面ははじめなかったのですが、そこは担当編集者さんから注文が(笑)。つまり、5日間の職場体験で風汰がまるで成長したかような終わり方で、あまりに美しかったので、風汰らしく終わった方が、というアドバイスをいただいたんです。私自身なるほど、と納得できたので加筆しています。いろいろな経験をして、さまざまな気づきはあったけれど、風汰自身は変わっていません。そのことを表現できたかな、と思います。

――読者の方にどんなふうに読んでもらいたいですか。


好きなように読んでもらえれば何よりです(笑)。職場体験をしてみたいと思ってくれても嬉しいですし、保育園が楽しそうだと感じてくれてもいい。私はどんな作品でも、読んでくれる子に「ぼくら捨てたもんじゃない」「大丈夫!」とどこかで感じてもらえたらいいなと思っています。

――ありがとうございました。

天使のにもつ

単行本図書

天使のにもつ

いとうみく 著/丹下京子

「頼んでまでして、なんで仕事しなきゃなんないの?しかもタダで」そんな中学2年・斗羽風汰が職場体験先に選んだのは、保育園だった。「子どもと遊んでりゃいいってこと?ありかも」本当に大丈夫なのか、斗羽風汰。

  • 中学生~
  • 2019年2月14日初版
  • 定価1,430円 (本体1,300円+税10%)
  • 立ち読み
アポリア あしたの風

単行本図書

アポリア あしたの風

いとうみく 著/宍戸清孝 写真

2035年春、巨大地震が発生。津波が沿岸部を襲う。一弥は崩壊した自宅で生き埋めとなった母を救い出そうとするが、通りかかった片桐が一弥を殴って気絶させ避難を急ぐ。一弥は母親を助けられなかったことで片桐を憎みながら、自分が引きこもっていなければ母は家にいなかった、母を殺したのは自分ではないかと悩む。一弥は極限状態のなか、自分や他者の弱さ、醜さも直視しながら「生」への確かな手応えを求めて一歩を踏み出す。

  • 小学5・6年~
  • 2016年5月16日初版
  • 定価1,650円 (本体1,500円+税10%)
  • 立ち読み
かあちゃん取扱説明書

単行本図書

かあちゃん取扱説明書

いとうみく 作/佐藤真紀子

ぼくんちで、一番いばっているのはかあちゃんです。今朝も朝からガミガミうるさくって、ぼくはハラがたちました。かあちゃんにいいたいのは、何日も同じごはんをつくらないでほしいです。さいごに、かあちゃんはすぐ「早く」っていうけれど、ぼくが「早く」っていうとおこるのは、やめてほしいと思います。
……ぼくの作文を読んだ父ちゃんは大笑いして「かあちゃんはほめるときげんがよくなるんだ。とにかくほめること。パソコンもビデオも扱い方をまちがえると動かないだろ、それと同じさ」
扱い方! そうか、扱い方さえまちがえなければ、かあちゃんなんてちょちょいのちょいだ!
哲哉はこうして、かあちゃん取扱説明書を書きはじめたのだが…。

  • 小学3・4年~
  • 2013年5月25日初版
  • 定価1,320円 (本体1,200円+税10%)
  • 立ち読み
糸子の体重計

単行本図書

糸子の体重計

いとうみく 作/佐藤真紀子

食べることが大好きな細川糸子、クールビューティー・町田良子、大柄な転校生・高峯理子、町田良子にあこがれる坂巻まみ、細川糸子とは給食の天敵・滝島径介……5人の子どもたちの平凡な日々。つらいこと、悲しいことはしょっちゅうだし、どうしようもなく苦しいときもやってくる。そんなとき、クラスを見渡せば、細川糸子がいる。誰に対しても真っ正面から向き合い、しっかりと相手を見て、思ったことを口にする。大人も子どももじたばたしてけんめいに生きている、そんな地に足のついた読みごたえある物語。

  • 小学5・6年~
  • 2012年4月25日初版
  • 定価1,540円 (本体1,400円+税10%)
  • 立ち読み